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2011/12/11 |
月食昨日は、朝からニュースで「今夜は皆既月食が見られます」といい、帰宅すると娘は孫と天体望遠鏡を組み立てろと、旦那にせがみ、孫は月食が何かも判らないのに、おおはしゃぎ。私も夜中に三脚を探し回り、ようやく月食に間に合った。カメラには望遠レンズをつけ、月を狙うが、ほぼ夜空の真上。デジカメは思うように設定が出来ず四苦八苦。なんとか撮影出来たが、今度は電池切れ。いやはや大変な夜中でした。写真自慢の私にとって、マニュアルモードでの撮影にチャレンジしたが、どうにもうまくいかない。もう少し、カメラを使いこまないと思うような撮影が出来ないと深く反省。結局は、カメラ任せの「夜景モード」での撮影が一番良かったのはカメラにバカにだれたようで悔しい!昨夜の冷え込みは半端ではなく、今日も週末恒例の温泉。一昨日スタッドレスタイヤに履きかえて、行く途中「早すぎたか?」と反省しながら走った。峠を超えると一面の雪。私の選択が正しいと自己満足。久々の雪景色に満足し、先週と同じ「関金温泉」と「真賀温泉」の梯子をして帰ってきた。関金温泉は2度目なので、改めて確認すると、トンネルの数は長短5本。湯船のサイズは幅1.1m*長さ1.6mで、4~5人も入ればいっぱいだった。私の感覚のいいかげんさが露呈した。いつも私があげた人に評判がいいので、温泉の帰りに買ってくる 落合/古見屋の「田舎羊羹」があり、昨日カミさんが、この羊羹をいつも利用する神戸の洋品店の店員にあげたら、「○○の丁稚羊羹は甘いだけで、この羊羹は羊羹界のエルメスです!」と大絶賛されたそうな。エルメスが最高峰の評価なのだろうが、おかげで今日は10個購入して帰宅した。また明日も神戸の洋品店に羊羹を持ってゆくらしい。ちなみに、うちのカミさんの好きな甘いものは、本高砂屋の「きんつば」か、舟和の「芋ようかん」くらいだ。
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2011/12/04 |
関金温泉(鳥取)旭川では真冬日のニュースが流れ、西日本は今が紅葉の真っ盛り。定年退職後、子会社に再雇用され、昨年夏からの仕事(ボーイング787機体製造工場の生産ラインの整備)もようやく目処が立ってきた。オーバーワークによる、持病の頸椎ヘルニア対策で、毎週末(日曜日)は、絶対休日に決め、温泉での疲労回復をもくろんだが、寄る年波には勝てず、週1日の休養では疲労のリセットが利かなくなってきた。毎週、岡山県真庭市にある、「真賀温泉」に通っていたが、口コミで、峠を越えて、鳥取県の「関金温泉」が良いと聞いて、今日初めて足を伸ばした。
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2011/04/24 |
災害報道東日本大震災に被災された方々、そして原発事故で避難を余儀なくされた方々へ、災害へのお見舞申しあげます。神戸での震災では、復興業務で直接関与しましたが、今回の震災の映像を見るにつけ、その被害の凄まじさに言葉もありません。 なんとか、復興してほしいと願うばかりです。神戸の復興事業は、国が出張って、見た目だけの復興でした。その地域(場所)を基盤としている零細企業は、復興のために(一時立ち退きを強要され、事業を中止。港(岸壁)が出来たときには、すでに倒産・廃業になっていました。
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2011/02/11 |
還暦旅行2月の誕生日で、いよいよ還暦を迎えた。2月末日が定年退職の日になる。 高専を卒業して40年、同じ会社に務め、30歳で単身赴任も経験した。素敵な伴侶に恵まれ、子供が2人、孫も2人さずかった。
上司には、恵まれた方なのだろう。新規案件を任され、「お前と心中だ!」と殺し文句でメロメロにされた上司。大卒が優秀で、高専卒は劣等生という、レッテルを貼った上司もいた。おかげで、持ち前の反骨気質がより図太くなった。部下にはあまり縁がなかった・・・・。 なぜかしら、新規案件、特殊案件、新製品開発等の話にはいつも首を突っ込んでいた。
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2011/01/04 |
年賀状昨年は喪中で、毎年の楽しみが無かったが今年は2年ぶりに年賀状を出した。宛先不明で返送されたのが数通。毎年、年賀状の授受管理に使っている「筆まめ」の住所データをみると、何となく音信不通になる理由が見えてくる。ご主人に先立たれ、若くして未亡人になった妻の友人(諸事情で転居された)。定年離婚した元上司(元の住所には該当者なし)。 今年は、「リタイヤしました」という年賀状がやたら増えた。当然、私の同級生はほとんど60歳を過ぎている。私も2月で60歳になり、親会社を定年退職し、子会社に再雇用していただく予定だ。ただし、給与は60%にダウンする。
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2011/01/02 |
雪の城崎(2010/12/30-31)年末は、29日まで、現場で試運転をしたが、設計が悪く、あちこち改造をする必要がでてきたので、年内完了を断念し、年明けから大改造をすることにした。名古屋方面からの帰省ラッシュを懸念したが、高速料金の割引は正月三が日だけとあって、事故渋滞以外は渋滞もなく帰宅できた。 毎年恒例、年末30日だけ1泊の家族で温泉(企画:カミさん)は、今年は城崎温泉になった。
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2010/11/21 |
小春日和の山里 神戸総会も終わり、西日本支部の役員会が20日にあったが、風邪をこじらせはや2週間。
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2010/10/10 |
猛暑の影響播州地方は秋祭りの真っ只中。近くの稲美野天満宮も今日が祭礼の日で、神輿を池(天滿大池:兵庫県で最も古いため池)に入れる事で有名な祭り。
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2010/09/21 |
神戸同窓会で 臨時ゴキブリ(5期ぶり)会 ―由来:5期のメンバーが久しぶりに会おう―9月18日神戸で同窓会をした。クソがつくらい忙しい毎日だったが、この日にためにいろんな準備に対応した。前夜に、会費の領収書を作成したが、裏表を間違って印刷したため、やり直し。何度チェックしても、印刷されな人が数名。結局夜の1時半までかかってしまった。当日はとにかく眠たい。集合時間に間に合って、会場の受付で待ってる2人の顔を見たら、疲れを忘れた。 理事会も終わり、総会・懇親会が始まると、私の役目は写真撮影。
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2010/06/07 |
会議に同窓生が6名も・・・ 私の親会社が札幌の某機械メーカーに製品を発注し、その機械メーカから、現場での一部製作と組み立てを請け負うことになり、6月7日に、製品の製作について技術打合せを行った。
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2010/05/06 |
北見峠で吹雪に遭い、帰宅したら真夏日 4月30日に、北見で甥の結婚式があり、連休の前半を北海道で過ごした。27日に函館出張。28日から休暇に入ったが、札幌では雪がちらつく寒さ。
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2010/02/11 |
四国には坂本龍馬とアンパンマン 今年も、娘と先祖の墓参りで四国(高知県)に出掛けた。父親の先祖は高岡郡津野町で四万十川の源流近く、母親の先祖は長岡郡本山町で吉野川の源流近く。日帰り出来ない距離ではないが、往復800kmはちょっときついので、高知市内に1泊した。
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2010/01/12 |
左利き?右利き? 毎夜、メタボ対策で、犬の散歩に約50分ほど出かける。気温も下がり、季節風にさらされてあぜ道を歩いていると、尿意を催してくる。犬のマーキングにつられて、犬と連ションをする事がある。(夜のあぜ道で人目も無く・・・・)
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2010/01/10 |
雪遊び (1/10トップページの雪ダルマ)年末から年始の寒波で、兵庫県北部も大雪だったので、久々に雪遊びをしようと、娘一家と但馬(兵庫県の北部)地方に出かけた。しかし、先日の雪の情報がうそのように雪が無い。昨年もほぼ同じときに出かけたが(雪の日・続き-1/12)、お気に入りの蕎麦屋の前に積もった雪は無い。一面の雪原を眺めて食べた蕎麦屋の窓からは、白い色が全く見えない。皿そばの味には満足するも風景の物足りなさに、雪遊びが出来る場所を探すことにした。 考えたすえ、この近くで神鍋(かんなべ:兵庫県で古くからあるスキー場)方面なら雪があるはずと、足を伸ばした。
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2010/01/02 |
新年の思い昨年11月に義母が他界し、今年の正月は「喪中」。
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2009/12/13 |
お葬式・法要 先日 義母が亡くなって(享年86歳)、ついに「親」と呼べる人がいなくなった。
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2009/10/12 |
大腸ガン健診(内視鏡検査) 今後受検される方のために---克明(?)な経験記録毎年会社の健康診断で実施される大腸ガン検診にひっかかった。 内視鏡検査を実施することになり、会社の系列病院にまず事前手続きへ。
手続きはおおむね次の流れ。(1)採便で、鮮血反応を確認され本人に通知が来る。 (2)内視鏡検査を希望の病院で受診手続きをとる。 (3)内視鏡による詳細検査の前に、医師からの説明を受ける。 というよりは、内視鏡検査で、万が一腸壁を傷つけてしまうことがあるが、それでもよければ同意書にサインして。というのが主旨で、検査前日に服用する下剤をくれる。 (4)前準備 検査3日前から排便状態をチェックし、食事は繊維質をさけたものにする。 (5)前日21時と22時に2種類の下剤を服用 (6)当日8時半に病院に入り、午前中下剤を1.8L飲んで、おなかの中を空っぽにする (7)午後から、内視鏡の検査をし、もしポリープ等の異常があれば採取 (8)採取したサンプルを分析・診断 <家族会議>老人介護をしている娘が下剤の袋を目ざとく見つけ、「これ一瓶飲むん?数滴でお年寄りはオムツが水浸しになるのに。どんなんなるんやろ?」と興味深々。家族会議(?)の結果では、当日の電車で移動する事は、最悪電車内でぶちまけてしまう可能性大。本人の名誉のために、病院の近くに宿泊すべし。結果については仔細を家族に報告する事になった。
以下、内視鏡検査までの顛末を・・・
9月9日(水) <検査前日:夕食ご近所のホテル入り・下剤を賞味?>会社を6時前に退社し犬の散歩を済ませ、風呂に入ってから自宅で早い夕食(まるで最後の晩餐?)といってもオカカのおにぎり2個+高級梅干を食べた。 目の前で孫が、顔中ご飯粒をくっつけて一緒におにぎりをほおばっている。 カミさんに駅まで送ってもらい、電車でホテルの最寄り駅まで。少し、遠回りしながら9時前にホテルに到着。 着替えて、いつでも寝られる体制になる。
21時07分 ラキソベロン10mlをコップ一杯の水に溶き 一気飲み(少し甘い) 24分 おなかがすこしグルグル言い出した。(娘の話だと、ここで即効でトイレ直行のはず・・・) 35分 ペットボトルの「ウーロン茶」を飲むと、きゅるきゅると少々痛み 22時06分 プルゼニド2錠を服用 15分 ペットボトルの「爽健美茶」を自販機で購入(がばがばと飲む) 32分 便は出ず(T_T)・・・・眠りにつく
9月10日(木) <事前の排便---下剤の効果と時系列>4時20分 出ず 5時20分 ガスばかり・・・ 6時00分・35分・54分・7時35分 微量の排便 7時30分 ホテルをチェックアウト(当然、朝食抜き) 8時過ぎに病院に到着 事務手続きの案内に従い、対応 8時30分 採血(止血の性能を確認するらしい) 相変わらず、静脈が出ず3箇所空振りし、4度目にようやく血管にたどり着く (平岡看護師さんあなたのせいではありません。採血場所が暗いんです) 8時35分 下剤をくれて、部屋に案内される。 部屋は小ましなビジネスホテル並みで、当然トイレ・ベッドと机とテレビ付 38分 マグコロールP(1800mlのパック入り)を飲み始める 48分 1杯目飲み干す(10分で1杯ペース)味はポカリスエット風で悪くない。おなかに変化なし 58分 2杯目飲み干し 9時18分 3杯目飲み干し(≒900ml) 25分 ①微量の排便(ウォシュレットは水勢が弱い) 40分 4杯目 45分 ②水状の便が出る 10時03分 ③水状の排便(固形の残便感あり) 08分 5杯目 26分 6杯目 44分 少なめの7杯目(1800ml 飲み干しました) 46分 ④水状の排便(肛門がひりひりする) 50分 排便の状態を看護師さんに報告。便のサンプル画像(グロテスクですわ)と比較し、状況を問われる。いまいちなので、運動と水分摂取の指示あり。 11時00分 売店で「からだ巡茶」を購入 廊下を行ったりきたり。オリの中の熊を想像・・・・ 25分 ⑤排便 ほとんど水状だが、まだ色濃い (水気をとって足踏みランニングで便意) 35分 ⑥排便 かなり色が落ちた(もう一息) 37分 からだ巡茶(410ml)飲み干し、さらにアクエリアスを一本購入 53分 ⑦排便 ほとんど小便状態(肛門のひりひりはだんだん酷く・・・) 12時07分 ⑧排便 もう小便並み(肛門が痛い・ズボンの上げ下げがめんどくさい) 昨夜の睡眠不足でウトウトするが、尻がトイレを督促する 14分 腹減った。何か食いたい(終ったら何食おうかな?) 水気の取りすぎ?気分が悪い。落ち着くまで飲むのは止めとくことにした 30分 ⑨排便 小便も一緒に一気にシャー状態 13時 排便の状況報告し、OKが出て、いよいよ検査室で、内視鏡検査 <検査の状況>すっぽんぽんになって、尻の部分が穴があいて、ふたのある下着を着用し、うわっぱりを羽織る。 診察台に上がり、横向きの姿勢で尻を突き出す。 検査の医師が、「力を抜いて下さい。局部麻酔をしますので・・・」と言いながら、尻の周りに麻酔薬を塗りたくる。きれいな看護師さんの細い指で優しくという願いも虚しく、「オッサンなにさらすねん!、ケツの穴はただれてヒリヒリすんのに、もうちっと優しくせんかい!」と心の中で泣き叫んでも聞いてはくれず・・・ やがて、目の前のモニターに我が肛門様から侵入したカメラの画像がデカデカと写しだされる。 「おっ 割ときれいやんけ」と思いつつ、カメラの先から空気がどんどん充填され、腸内はパンパン。 「屁が出る<`ヘ´> シブキになって出てまう~」 と我慢していたら、看護師さんが「我慢しなくていいんですよ、ガスが出そうになったら出して下さい」と・・・理性のとりこになっていた私には天使の声に聞こえた。
カメラは、たまった水気を吸い出し、エアを充填しつつ、直腸からS字結腸・・・(あとわからん)・・・と、どんどん進み、大腸を一周して盲腸のところで終了。引き返しながら、要所を写真に撮っていた。
結果「異常なし」\(^o^)/ やっぱ、便秘の雲古で、切れた時の血がひっかかったのだと、自己評価。
というような事で、帰りは糖尿の天敵 「禁断の天丼」 を食べて家路に着く。 前日の夜7時から16時間ぶりの食事は、さぞかし美味しいはずであったが、水気ばかりで、腹は落ち着かず、結局翌日朝まで腹はぐるぐる。
大腸内視鏡検査の顛末でした。これから検査を受けるときのご参考まで・・・。
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2009/10/08 |
クラス会に参加 10月3日 中学校のクラス会に参加した。卒業生44名のうち3名が他界し、今回の参加は17名。来年還暦を迎える年のオッサン・オバサンが先生を交えて、15歳にタイムスリップする。話せど話せど話題は尽きず、5時に始まったクラス会は、2次会・3次会・4次会と場所を変え、話あり・カラオケあり・焼き鳥ありで、気がつけば朝の2時。2次会・3次会は夫婦で参加するもの、高校の同級生の店など、また新しい話題が始まる。
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2009/09/21 |
旭川総会に参加(余話)9/19の旭川で開催された本部総会に参加してきました。目的は来年開催の支部総会の宣伝と言いながら、実は単純に総会に参加したかっただけ?今回は、常連の土谷(7C)さんが、現在リハビリ入院中なので、責任重大?と言いながら、あまり肩肘はらず、リラックスして参加する事にしました。
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2009/09/13 |
青森温泉三昧8月28日~29日家族で青森に旅行してきた。(私は約35年ぶり)今回も、カミさんの綿密な旅行プランにのっとって、孫を含めた5人旅。
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2009/07/22 |
ナイター観戦阪神ファンの甥親子の誘いで、甲子園にナイター観戦。低迷する阪神に、「前半戦最後のカードで、なんとか勝ち越しを願って」などと、期待すると落胆が大きいので、孫たちと甲子園を楽しもうと参加。3連休の最終日、ワゴン車で出かけたが、なんと普段の倍(2時間)もかかってようやく近くの駐車場に到着。(オマリーが甲子園に駐車場はオマヘンと言ってますが、隠れたところにちょこっとだけあります)座席は、ガチガチの阪神フアンが陣取る外野席バックネット横のライト側。ライト平野のすばらしいプレーに、「ヤクルト青木」の敵ながらあっぱれのプロの守備に感動でした。先発下柳・捕手矢野の熟年バッテリーで試合開始。結局ココゾのチャンスで新井がブレーキ(特に盗塁タッチアウトは無残の代表格)で低迷阪神の象徴的なプレーでした。最終回金本の併殺打で試合終了。ストレスのたまる試合でした。それでも、甲子園デビューの、孫にとっては 旺盛な食欲と、太鼓・ラッパと応援の掛け声、そしてジェット風船が印象的だったようです。オッサンには適度な暑さに「生ビール」が何といっても最高な夜でした。
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2009/03/29 |
城崎温泉久々に城崎温泉に行ってきました。理由は、昨年夏 たまたま投稿した俳句コンクールに入選したので、その表彰式に参加にかこつけ、温泉につかるのが目的。入選の通知が届き本人がびっくり。俳句など中学生以来。夏の日曜日、娘家族が海水浴に行く車に便乗して、城崎温泉の外湯を3か所ほどハシゴして、暇つぶしに投稿した一句。
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2009/02/22 |
霧島神社また、鹿児島旅行に行ってきた。今回は、我々夫婦+娘夫婦&孫+姪夫婦。
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2009/02/11 |
鴨南蛮そば今日は、国民の休日「建国記念日」ということだが、我が社は出勤日。世が世なら「非国民」扱いにされるかも・・・
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2009/01/12 |
雪の日・続き(1/12)3連休も最後、娘家族が、「雪をみたい・雪遊びしたい」と、兵庫県の北部へ行くというので便乗。一昨日の雪も上がり、天気は快晴。1時間半程で一面の銀世界の中。
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2009/01/11 |
雪の日(1/10)異常気象が続く昨今。まるで春先の大雪のような気圧配置になっている。東京で雪が降ると、大騒ぎ。NHKも民放も、メディアは東京ローカルの話を、まるで全国扱い。
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2009/01/03 |
新春の思い新年あけましておめでとうございますいつも、犬をつれて散歩しているコース(稲美町天満大池公園:写真)で、昨年末に「タクシー強盗殺人事件」がありました。
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2008/07/25 |
異変の前兆?先日、岩手で地震があった前日夕方、東の空の雲が、放射状になっていた。夕方の夕陽のが雲の切れ間に当たる光で、放射状になるのはよく見るが、反対側東の空だったので、不思議に思った。その晩、岩手での地震発生との事で、何か因果関係があるやもと勝手に思っていた。今日は、会社の定時退社日で、久々に日がある時間に帰宅し、犬の散歩を始めると、またしても同じような空。何事もなければよいが・・・
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2008/07/23 |
茅森温泉19日から、親会社の工場が「電力休暇」と称する、最初の夏休みに入った。今年は、19日が同窓会 20日はHPのアップで休日。翌21日は岐阜に出張。22日は24日から据え付け予定の機械の工場検査。
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2008/07/21 |
夏の命国民の休日の日、「非国民?」の私は、猛暑の中 各務原市まで片道250kmの道のりを車で出かけた。目的は営業活動と、帰り道に明日試運転予定の製品の進捗確認。(仕事とは言え、地球温暖化に逆行する行為にちょっとだけ反省)うだるような暑さで、いささかへばり気味だが、帰宅すると娘(隣に住む長女)が大騒ぎ。庭の植木にかけていた、虫干しの玄関マットにセミがしがみついている。この暑さに、地中を這い出し、庭木をよじ登って、羽化しようとしていたらしい。数時間たち、そろそろ脱皮が済む頃を見計らって、夕暮れに観察。うす緑の羽が見事だった。抜けがらは、土がついたまま。
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2008/07/20 |
猛暑の昼さがり 西日本支部の総会は、初回から7月の夏休み突入時期に開催されてきた。理由は本部総会の日程に合わせ、それより前に開催しようという事から。
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2008/07/13 |
医者のスキル 今度は眼科。先日(金曜日)名古屋に車で出張(片道2時間半~3時間の日帰り)して、帰宅すると左眼が真赤になっていた。痛みも無いが、あまりに赤いので、(ひょっとして、かわいい孫を目に入れたせいかもしれない) 翌朝眼科に出かけた。
診断の結果「血管が切れたのでしょう。数日で治まると思います」との事。私(患者)にしてみれば、「血管が切れたから、白目部分が真赤に充血しているのは結果」であって言われなくても判る。
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2008/06/28 |
TV三昧・医者の眼力オリンピックが近づき、大型家電販売店は「大画面のデジタル放送対応」のテレビジョンとブルーレィDVDがいっぱいならんでいる。我が家では、カミさんの「大画面好き」から、一足先にデジタル対応の液晶テレビが家にある。当然、機能を最大限に活かすため、放送は地元のケーブルTVを引きこんでいる。地上デジタル放送のほか、BSも各局+wowwowとケーブルテレビの各チャンネルが受信できる。最近、休日で家にいると、ほとんどTV映画漬の状態。お気に入りのTVドラマは、韓国時代劇「朱蒙」「海神」「ホジュン」、FOXチャンネルの「Bones」「Dr.House」等など・・・。先日5日間ほど、原因不明の下痢が続いた。家族には下痢をしている者はいない。食当たりを考えたが、怪しげなものは食べた記憶が無い。ついに一晩中トイレと寝室の往復が続き病院に出かけた。先生は血圧と体温を測り、あとは数分の問診。
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2008/05/11 |
休みの過ごし方5月連休は、飛び石で休みをとった。
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2008/04/20 |
春・大トラブル騒ぎ隣に住む娘が、パソコンを購入。我が家のLANにつなぎたいとのことで、「ちょっとカジリ」の私は、とりあえず、無線LANが便利と、端末を購入し設定をするも、さっぱりつながらない。
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2008/04/14 |
春うらら久々の陽気にさそわれて、娘親子と犬の散歩。 娘は、草花・虫が大好きで、今回の散歩で大発見!と大騒ぎ。
正解は、左が在来種。 |
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2008/04/06 |
ごくろうさん地域 自治会の役員の仕事が終わった。任期2年。本日の総会で、次期にバトンタッチ。草刈と、葬式の役員から解放です。 気も晴れ晴れとして、自治会総会終わった後の懇親会で、酒を飲まされ夜になってようやく復活。 役員手当(年間2万円)の2年分を使って、5月に解散旅行をする予定。場所は「能登・和倉温泉」。 地域では、いろんなしがらみの中で生活する必要があって、まず認知されることが大切。 |
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2008/04/05 |
さいた さいた さくらが さいた春になると、桜が咲くのが当たり前のようだが、桜にはいろんな思い出がある。 <その1:うそっぱちの教科書>小学校の入学式は私の記憶では4月1日。 <おまけ>6月頃の教科書には、「南のくにから ツバメがやってきます」と書いてあった。ツバメは20歳を過ぎて、この地に勤めてから初めて見ることができた。印象は「ちっこい鳥」 鳩ぐらいの鳥のイメージだった。
<その2:花見・遠足>私の田舎から約3kmほどのところに桜の名所、「五鹿山(ごかざん)」がある。
この頃は、ちょうど田植えの時期。温床で育てた苗を、稲ワラで一握りの束にするのが、私と母の仕事。父はしろかき、兄弟たち家族総出で田植えをする。田圃は1丁8反の広さがあって、やってもやっても終わらない・・・。遠足の日は暖かな記憶でいっぱいだが、田植えの思い出は冷たい風・・・。
田植えが終わって、家の南側、池のほとりに1本のエゾ山桜があって、その周りで、近所の人が集まって花見をしたこともあった。
<その3:明誠寮の洗礼>明誠寮では、恒例の「春の大遠足」が寮の行事としてあって、カムイコタンまで、延々27km(と記憶している)を、朝早くから出掛ける。 寮ではコンパと称して、アルコール抜きの、駄菓子とお茶で寮の部屋全員で、談話することもあった。(12人部屋でした) 写真: |
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2008/03/21 |
宮崎~鹿児島またしても、九州旅行。今回は、宮崎空港で降り、日南海岸--鵜戸神宮--日南での浜焼き定食--青島神社を経て霧島温泉で1泊。翌日は、知覧/武家屋敷---特攻記念館---指宿(砂蒸し温泉)---さつま味で昼食---鹿児島空港で試食三昧の例によって1泊2日の旅。 ほとんどが2度目の訪問だが、今回は夫婦でリタイヤされた方と4名の旅行。 さらに、いつもと違ったのは、日-月の日程にも関わらず、やたらと人が多い。よく考えると、卒業旅行と称する若者の旅行者と、大型観光バスツアーの格安パックの団体さんが移動する時期。それに、中(台)・韓からの増え続ける旅行者。なんとなく様変わりを体感した旅行でした。 (写真は開聞岳と知覧/武家屋敷のネコ) |
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2008/03/05 |
新名神高速道路久々に川崎重工の名古屋工場に出張。愛知県の西の外れ、ボーイング787の生産工場での打ち合わせ。 今回は電車ではなく、車で出かけた。 先日までの温かさはどこへやら。鈴鹿山脈は雪景色。途中休憩の新しいサービスエリアも雪で真白でした。(写真) 新名神から、亀山から、東名阪自動車道を経て、伊勢湾岸道路を走るのだが、相変わらず伊勢湾岸道路は走るのが怖い。横風が半端ではなく、桑名-長島-愛知県にかかる斜張橋の橋脚部分が風が渦巻いて、右へ左へ振られてしまう。デザイン重視の橋は、欠陥道路かも・・・
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2008/02/19 |
沖縄に行ってきました友人の浅井君が、沖縄勤務から旭川に戻ることになり、彼が沖縄在住の間に、沖縄体験をするべく例によって、突然の沖縄ということになりました。 連日の寒波のなか、神戸空港を飛び立ち一路那覇空港へ。便利になりました。予測通り、沖縄は暖かな場所でした。早朝の出発もあって、家を出るとき「パッチ(関西では股引のことをこうよびます)」を履いて出たのが裏目・・・・。最初は我慢していたのですが、昼飯を食った後はたまりません。だんだん気分が悪くなって、ついに公衆トイレで脱ぎ棄てました。 行きたい場所と尋ねられても、予備知識ゼロの私には、ちんぷんかんぷん。一応の観光コースは、また行くことができるはずなので、例によって「天の邪鬼」が横やりを入れ、「首里城」へ行くことになりました。感動したのは、石積みの素晴らしさ。復元されたとのことですが、その緻密さは特筆すべきものでした。 沖縄が、基地の島を実感しました。沖縄本島の半分が米軍関係で占有され、途中に寄った「北谷」では町の8割が米軍関係で占有されています。日本政府の「思いやり予算」で実現されている、米軍関係者の贅沢な生活環境は、ここは本当に日本か?と言わざるを得ません。 沖縄そばの店に入り、「沖縄そば」を食べました。昼の時間、席の回りは地元の老若男女が食事をしていましたが、その旺盛な食欲はただ圧倒されるばかり。聞けば、それが普通。カロリーの取りすぎですわ。それで、運動嫌いらしい。ほんま、メタボ予備軍ばかりに見えました。 夜は、国際通りのライブハウス?(居酒屋?)で、メジャーデビューを目指す「若者の三線を聴き」、「海ぶどうを賞味し」楽しい旅行でした。快晴ではなかったものの、ちょびっとだけ沖縄に触れ、日本最南端の「道の駅」で沖縄産の「タンカン」を味わい、シーサーを物色し、楽しい1泊旅行でした。 「浅井さんに感謝」 |
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2007/12/17 |
神戸ルミナリエ存続が危ぶまれる神戸ルミナリエに行って来た。中学校の同窓生が神戸に来るというので、今年が最後かもしれないので、ぜひとお誘いした。 震災の年に始められたこの冬のイベント。まばゆい光のモニュメントを見てると、あのときの神戸をを思い出し、目頭があつくなった。いつまでも続けてほしい。 神戸が震災に合って 港が壊れ、家が倒壊し、火災で焼け出され壊滅的な打撃のなか、心の灯りをともそうと復興に思いを込め、はじめられた 神戸ルミナリエ。経済的な負担が増え、廃止せざるを得ないという話があって、「今年が最後かもしれない」とささやかれ、また新たな気持ちで出かけた。光が与えてくれた励ましに、また涙が出た。
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2007/9/11 |
中学校の同窓会3年前に約束した、中学校の同窓会が開催された。今回も4組合同で開催され、出席は40名ほど。盆明けの土曜日という事で、今回はフェリーで帰る事にした。行は、娘と二人。帰りは一人という相変わらずの変則で、今回も帰省。 フェリーはいつものように、舞鶴-小樽間の新日本海フェリーを利用した。最新鋭の高速フェリーは、従来30時間かかっていた航路を20時間に短縮。結果は悪い事ばかり。 今回の同窓会は、各組10人程度で、我B組は常連がほとんどで、さらに女性が2名とややさびしいものの、小学校から一緒の仲間も大勢いて、今回初参加のメンバーが中心で話が盛り上がる。気がつけば夜中の1時。さあ、3次会とラーメンを食いに出るものが半数。私は睡魔には勝てずダウン。一番の遠路は四国/中土佐町久礼からの参加。久々の帰省でたっぷり楽しんで帰ったらしい。大変なのは幹事さん。「俺幹事だったっけ?」という幹事もいて、同じクラスに当たった仲間は二人分の活躍。今回も、料理は減らず、最大のご馳走はみんなの顔。一気に15歳にタイムスリップしてしまう。 今年は札幌での全国総会がもうすぐ。前回の定山渓では、支部長の代理で参加させてもらったが、今年は仕事・自治会と9月は行事が目白押しで、参加できず。 3年後の西日本での総会は、我々5期が還暦の年。修学旅行の再現で、皆が集まってくれるのを期待している。 翌日、兄弟と一緒に摩周湖に出かけた。体の弱い姉は、初めての快晴に大喜び。 久々に透き通った摩周湖に再開した。小学校の修学旅行が最初の摩周湖。写真にすると、どこかメリハリがない。よく見ると、摩周岳の火口は、昔赤茶けた焼けた火口の色だった。今は、そこに木が生え、緑の火口に変貌。ここでも、年を感じてしまった。 福井記 |
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2007/7/25 |
旅行昨年の仕事の後遺症?で、体のあちこちにガタが出始めました。自覚症状は、いわゆる「50肩」の症状、膝関節の痛み、目のかすみ、血糖(Hb-A1c)値の上昇・・・ 療法は、整体と温泉。私には何より温泉が良いようだ。4月に孫を含めた5人で「川湯温泉」に行ってきた。ぴりぴりするほどの濃い硫黄泉。そのまま足を伸ばして、タンチョウにも会って来た。 先日は、九州「鹿児島/霧島温泉」集中豪雨と台風の合間の日を選んだような「雨の止み間」で、鹿児島市内(西郷さんの洞窟)・桜島/溶岩道路・宮崎/鵜戸神宮・そして霧島温泉。水害に遭われた皆様にはお見舞い申し上げます。 近所でお気に入りの「よい温泉:兵庫県」には、月に2度程度でかけて骨休めをする。 福井記 |
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2007/1/2 |
新年のあいさつまた新しい年があけました。 昨年は、人生で一番働いたとおもっている年で、同窓会活動も思うに任せず、皆さんにご迷惑をおかけしました。昨年秋には、京都での総会も無事終え、ほっとしています。 昨年はボーイング787の製造設備の一部を請け負って、新工場での飛行機組立設備の設計製作に明け暮れた一年でした。 年末から年始に予定されてた、「現場待機」要請も延期になり、なんとか自宅で正月を迎えることが出来ました。(これもカミさんの「徳」のたまものか・・・) 個人的には、娘の結婚と、孫の出産。一気に家族が増え、毎日賑やかな日々が続いています。年末に孫の「宮参り」なる行事を済ませ、爺婆の仕事は一段落。昨年の主役である、愛犬「ベン」は、主役を奪われたのを察知して、ますます自己主張が激しくなりました。(白菜大好きで、相変わらずお手は出来ません。) 福井記 |
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2006/09/23 |
清明神社北海道から、姪がやってきた。 「どこに行きたい?」と聞くと、「京都の清明神社」と答える。 その理由は、カミさんが、無償の奉仕を続ける「徳」で、私が生かされているらしい。 劇画の世界で言う、「おまえはもう死んでいる!」の状況のようで・・・したがって、この書き込みは、ひょっとして「私の幽霊」がしているのかもしれない。 明日も仕事をしないと、工程が追いつかない・・・ |
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2006/08/29 |
通信環境回復ホームページアップがおろそかになった理由・・・ 先日、サイトの引越しが終わってから、自宅のパソコンから、同窓会のサイトにアクセスが出来ず、モバイルでのPHSでしか対応できなくなっていた。 そんな状況が、昨日突然解消した。 まさに気まぐれ・・・・で、話題はとうもろこし。「となりのトトロでは、トウモコロシ?」 本部掲示板に、取れたてのトウモロコシの書き込みがのっていた。先日帰省したときに、姉が取れたてのトウモロコシを出してくれ、それを味わってきた。(右の写真)
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2006/08/18 |
夏の休暇仕事の忙しさにかまけ、ホームページアップが思うようにしていないことを反省。 親父の法要で、お盆に帰省した。娘たちが新婚旅行を兼ねてとついてきた。 そんな事で、久々の休暇で兄弟たちと会ってきた。 その後は、美瑛の花畑と、澄んだ空気に感動!思いのほか強い日差しに、日焼けおじさんの出来上がり。のんびりゆっくりのドライブに、仕事を忘れリフレッシュできた。カーナビに目的地を美瑛に設定したら、最短コースの砂利道に案内してくれた。車はホコリで真っ白。思わず砂利道体験が出来たと、娘夫婦は大喜び。森林のマイナスイオンを吸収するはずが、窓を閉め切っての走行。 14日の法要に日は、中学校の同級生と来年のクラス会の下打合せ。久々の思い出話で飲めないくせに、焼酎を4杯も飲んでしまって、翌日は二日酔い・・・。 阿寒では、久々に遊覧船にのり、マリモに対面。巷でブームの「マリモッコリ」が土産物店の店頭に飾ってあったが、本物はやはり良い。なんでも、このマリモの生育地から、マリモが盗まれたとか。店頭にならぶ、養殖マリモの影響なのか、天然記念物に対する行為に、なんとも情けない話。一方で、わずか15分の見学時間に一生懸命メモを取っていた小学生に感動。(夏休みの宿題、自由研究なんだろう)。小学校の修学旅行コースを思い出した。 丸瀬布の姉の家に泊まり、翌日は娘夫婦を旭川空港で降ろして、夫婦二人で南下。コロポックル山荘で蕎麦をいただこうと考えていたが、時間がおそく閉店。わざわざ店に戻ってくれた五十嵐さんと、しばし話しをしてから、札幌の姉の家に寄り晩飯をご馳走になる。船内で食べろと、山ほどのおにぎりとおかずをもらって、雨が降り始めた小樽に到着した。
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2006/03/12 |
引越しホームページの保存場所が変更になった。引越しは、管理者の土井さんが全部やってくれたので、楽チンだった。 そんな事を理由に、メンテナンスをサボっているような気がしているが・・・・ ただし、体は正直。先日久々に温泉に出かけた。体のあちこちにかかっていた、ブロックが解けて、それまで感じなかった疲労の自覚症状が出てきた。温泉の湯がよっぽど良かったらしい。以後、すこぶる体調が悪いので、近所の温泉に立て続けに通っている。ここ1週間で、4箇所の湯に浸かっている。すこーし回復してきた。 <お詫び>
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2006/01/06 |
年賀状今年も年賀状が沢山来た。回収率(?)は約70%。 頂戴した年賀状は、家族全員が楽しみにしている。今年は戌年で、それぞれが「我が家の愛犬」のコメントやら、写真付き(私もその一人)で作られた年賀状が多かった。 50を過ぎたら、折り返しだから、ひとつづつ若返るのと、同級生からのコメントもあった。なるほど思いつつ、成人式までには、まだしばらくかかると、指折り数えてみる私。 短いコメントに、1年分の人生やら、思いが込められていて、それだけで楽しい。 今年ももらった年賀状の宛名を1件づつ確認し、住所録ソフトのデータベースを更新している。かつて、宛名書きの担当はカミさんだったけど、随分楽になった。
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2006/01/03 |
戌年の正月年末の天気予報では、元日から2日は曇りから雨模様で、天気の回復は3日からとなっていたが、今年の元日は、例年に無いぽかぽか陽気。 我が家の大晦日は、年末の紅白歌合戦の結果を見たら、カウントダウンコンサートをはらはらしながら見る。今回は何時も一緒に見ている娘たちは居ない。長女は夜になってから、明石海峡大橋で友達と一緒に見ると言って出かけ、次女は東京暮らしで、老人介護の職場で夜勤。気が付いたら、またカミさんと2人になっていた。思えば、二人だけの年越しは、新婚の年末だけで、そのときは長女がお腹に入っていた。(30年振りか・・・) <元旦> 元日には、庭でバーベキューコンロを引っ張り出し、「焼き蟹」と「焼きイカ」を堪能した。いつもの兄弟家族との「すき焼き」も加えて夕方までの宴会。久々の酒盛りについつい飲みすぎるので、悪酔い防止にはこれが良いと、「陀羅尼助丸」を振舞う。今年の正月は「幻の酒」と「新聞の酒」で日本酒の飲み比べ。年末で会社を退職したカミさんの退職祝(?)、ポリープの除去で入院していた(年上の)義弟の快気祝い(?)で大いに盛り上がった。 次女は、元日の夕方に帰省して、3日の早朝の便で東京に戻った。帰ってきている間、愛犬とじゃれあっていた。手のひらに乗るサイズだった犬は、18kgにもなり、久々の再会に喜んで娘を押さえ込み、顔をなめ回す姿は、まるで強姦されているよう。 |
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2006/01/01 |
新年あけましておめでとうございます今年は、西日本支部で本部総会が開催されます。皆さんが語り合える機会を提供したいと考えています。9月16日(土)の午後 京都までおこし下さい。
今年は、企業の中核戦士として旭川高専を巣立った、大先輩の1期卒業生が還暦をお迎えになります。多くの企業は、60歳で定年退職となり、先輩諸氏も第一線から退かれる状況にあります。高専という存在を社会に認識させた功績は多大なものがあると思っています。ありがとうございました。 2006年元旦 05M 福井 勇(HP管理者) |
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2005/11/13 |
加古川ツーデーマーチ(11/12-13)
毎年恒例の加古川ツーデーマーチが今年も開催された。普段歩くわけではないが、この大会だけは毎年参加している。よく見たら、この記事も3年目になる。完歩すれば、今年で8回目(だと思う)。昨年からわが町もコースに入ったが、なにせ40kmコースだけ。ぐうたらな私にはとても歩けない。今年は、何とか1日目をクリアしたが、すねとふくらはぎが悲鳴をあげた。帰りに車を運転したら、右足が攣りっぱなしで、思うようにアクセルとブレーキが踏めない。途中のコンビにに車を停め、ストレッチをし、ようやく帰宅した後は、入浴で冷水とお湯を交互につけようやく足がほぐれた。明日も20km 晴れたらいいねっ。
2日目(13日) 今日も晴れ昨日の疲れは残るものの、完歩後の養生が効を奏して、本日も無事完歩。途中、昨年と同じ場所に咲く花やら、パラグライダーを楽しむ人やら、凧揚げ大会があったりで、今年も楽しませてくれた。今日のお目当ては、舛田のかかしとぜんざい。毎年ここの町内あげて楽しませてくれる。また来年も歩くんだろうな。 |
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2005/11/06 |
京都御所(11/5)
わが町の町花コスモスも、ピークを過ぎた。村の田んぼに麦が終わってから種をまいたコスモスが、そこかしこで咲いている。我が家の周囲もコスモス畑が点在している。
仕事は相変わらず忙しい。しかし、あれやこれややりたい事たくさん。
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2005/11/06 |
小豆島(10/23-24)
北海道に住む姉夫婦が、やってきた。今回は鹿児島-大分をもくろんだが、あいにく義兄が旅行計画の1ヶ月ほど前に入院するはめになり、ようやく退院できた。九州はあきらめ、近場の観光地という事で、例によってカミさんの小旅行検索の結果、「小豆島」を選択した。オリーブと素麺と醤油の島。そして二十四の瞳の舞台。今は、映画のオープンセットが観光地になり、場内の映画館では、終日「二十四の瞳」が上映されている。岬の分教場と映画のセットの分教場を見比べてしまう。さすがに、本物は使い古されているが、セットの校舎もなかなか風情があった。映画のなかでは、新しさはあまり感じられず、さすがにプロの撮る画像と関心してしまう。近くには、マルキン醤油の工場もあって、見学が出来る。売店で醤油アイスを販売していたので、賞味してみたが結構うまかった♪夜は、小豆島国際ホテルに宿泊。ホテルの前の島が干潮時に陸続きになるという、エンジェルロードが有名で、風化した花崗岩の島に行く事が出来る。翌日の朝、このエンジェルロードを散歩すると、岩の間の孔から朝日が上っていた。この日は、前日の雨模様から一変して、お日様がいっぱいの一日になった。陽光で輝く瀬戸の海を、小豆島からフェリーで高松に渡り、製麺所で本場の讃岐うどんを賞味した。これもうまかった。麺は太麺と細麺の二種類で、冷と温。あとは好みで具(トッピング)を選択する。1杯2~300円で楽しめる。我が家の大喰い娘は、友達と車でやってきて、1度に4~5軒ほど廻るらしい。その後は、五色台で、瀬戸大橋を岡の上から眺め、徳島で移動して、阿波踊り会館に行って、姉と体験阿波踊り。結構楽しんでもらえた。退院後の兄は、「流動食」と称して、日本酒をうれしそうに飲んでいた。
さすがに、週始め2日を休むわけにもいかず、翌火曜日は、カミさんに姉夫婦を空港まで送ってもらった。今ごろは思い出話で、また「流動食」を味わっているに違いない。 |
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2005/10/10 |
休日(10/8-10)
久々に、連休を満喫。
連休初日に、東京に住んでいる娘が彼と一緒に帰ってきた。航空会社のマイルが溜まったので、娘はタダで、彼は「お供でマイル」とかいうサービスで往復2万円で東京-大阪間を移動できるらしい。出迎えはカミさんの運転で、私と凶暴な生後7ヶ月の黒い毛玉は後部座席。前の犬は車が大嫌いなのに、こやつは車が大好き。車の中でもじっとしていない。ようやく空港に着いて、カミさんが到着口に迎えに行っている間が大変。駐車禁止の監視の警察官が近寄って来て、手にはチョーク。小心者の私としては、犬をなだめすかして、車をちょっと移動。ようやく娘たちが来ると、毛玉はうれしさで大パニック。うれしさ余って娘に頭突き。娘の前歯は脱臼。苦しむ娘と、犬に好かれた彼。彼は帰る時まで、顔をなめられていた。歯医者に行く前に、彼が初めてだと言うので、明石海峡大橋を渡って、淡路のサービスエリアまでドライブ。内弁慶の毛玉は廻りに愛嬌を振りまき、「可愛いねー」「ハスキーですか?」「いいえ、母親は豆柴ですが、父親は不明の不倫の子です」「・・・」
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2005/10/09 |
秋祭り
今年も、秋祭りのシーズンがやってきた。播州路の浜手(高砂から姫路にかけて)は、この時のために一年働くといった雰囲気がある。巷では、「盆正月には帰らないが、祭りには帰ってくる」、「祭りの日に仕事をしていたら、村八分に合う」といった話を聞く。10月には、どこかしこで、祭りが行われ、ローカルのテレビ局(サンテレビ)は、祭り特集を組み、何度も放映する。
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2005/09/27 |
珍客我が家に、青い目の客がやってきた。カミさんの職場の取引先の知り合いで、スロバキアでエンジニアをしている28歳の青年。外国とは縁の無い生活をしている我が家にとっては、まさに珍客の来訪である。
同窓会から帰ると、カミさんが、28歳の若者が我が家にやってくることになったが、きっと私が気にいるはずだと言い出した。聞けば、同窓会で留守をしているときに京都を案内したらしい。そう聞いて、勝手に胸の膨らんだ青い目のお嬢さんを想像していたら、190センチを越えるような背丈はあるが、人のよさそうな男。半分がっかりしたが、なんとなく安心。聞けば、大学院を卒業し、HP社の拠点がスロバキアにあって、各企業へコンピュータシステム導入関係のエンジニアをしているとか。大学では、構造関係の概論で、明石海峡大橋を学んだので、ぜひ見てみたいと言う。・・と聞くと心が躍る私は、さっそく明石海峡大橋の架設に関わるパンフレットを会社からかきあつめて、翌日は明石海峡大橋と大鳴門橋を渡ることにした。この際だから、我社(の親会社)は、バイクだけではなく、総合重工業であって。ユーロトンネルのトンネル掘進機も私のいる工場で製造した事とか、私自身が、明石海峡大橋の塔架設の技術検討に参画したこと、種子島のロケット組立棟の大扉はギネスブックに登録され、その機械装置の設計をした事などなど・・・いっぱい自己宣伝しておいた。(これもプレゼンテーションの一つ?)鳴門では、鯛料理と日本酒、徳島での阿波踊り体験(阿波踊り会館での体験踊り)を振舞った。結構楽しんで、「ちゃんか♪ちゃんか♪・・・」と「よしこの」の音ににすっかりはまっていた。
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2005/9/20 |
小学校時代の恩師に再会(9月16日)
同窓会に参加するので、その前日に旭川入りし、レンタカーを借りて、小学校時代の恩師に会うべく田舎までドライブをした。道内入りする当日まで、深夜勤務+日勤という、1週間連続で睡眠時間約3時間という睡眠不足状態での運転は結構ハードでした。
紋別で、小学校時代の恩師に44年(?)ぶりにお会いして、先生ご夫妻と食事をしてきた。今の仕事を選んだきっかけがこの先生だったような気がする。休日には仲間を連れ立って、先生の家に遊びに行く。そこで出会ったのが「子供の科学」という雑誌と、先生が廃品をかき集めて再生させた装置(しかけ)の数々。当時坊主頭の少年に、科学に興味を沸かせたきっかけの部屋だった。思い出話を懐かしみ、我母校からの転籍後、先生の半生をお聞きし、戦後間もない頃の手探り教育の苦労話、人との出会い、病気との闘い、子供への影響の怖さなど・・・、管理職試験を拒否し、「生涯現役」で通した先生の熱い思いに感動したひと時だった。現在は糖尿病で、視力の低下があって、夜の運転が怖いとおっしゃっていたので、あまり暗くならないうちに、お別れした。その夜は、ぬるぬるの温泉に浸かって、ぐっすり休む事が出来たものの、夜中に起きだす生活パターンの後遺症で、その日も夜中に目がさめてしまう。無理やり寝ることにしたものの、お日様が昇る頃には・・・これもいつもの時間に目がさめた。おかげで、ホテルの窓から見えるオホーツク海の朝焼けも見ることが出来、早起きは三文の得を実感。朝風呂に入り朝食のバイキングで筋子(イクラではなく、程よく漬かった筋子です)でたらふく食事をし、ホテルの案内にあった、「まがり天ぷら」で有名な店へ行き、カミさんへの土産に天ぷらを購入する事にした。
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2005/ 9/ 2 |
一日は24時間
先日某TV局が毎年している24時間TVという番組があったが、59歳のお年で100km完走された事は、まさに感動と賞賛ものです。長距離を走った経験は無いが、長距離を歩くと、体に障害が出てくる。まずはマメ、これがいちばんやっかい。痛みを伴うので、カバーするように姿勢が悪くなる。そうすると、筋肉への負担が偏り、筋肉痛、関節痛に発展する。単純に100kmを24時間で割ると、時速4km強で完歩出来る。でもそれが出来ないのが長距離・・・。丸山弁護士ほんとにご苦労さまでした。
ところで、先日来現地に収めた製品の最終調整が始まり、その作業が深夜0時半から4時の間に限定される。その業務を1週間に2度もしたが、月曜日の出来事が週末の今日では1ヶ月ほど前のような気がする。
この週の行動は8/29(月) AM:工場勤務 PM:西宮出張 そのまま千葉県に移動し懇親会
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2005/ 8/28 |
身近な温泉
家族で有馬温泉に出かけた。家から40分。1泊するとべらぼうな料金なので、いつも昼食と風呂がセットになったのを狙う。結構サービスも良く、割安感がある。本日は一番古くから営んでいる大手のホテルで、炭火焼懐石がお目当て。風呂は、金泉はまあまあ、銀泉はカルキ臭がして、やっぱりと思ってしまう。大型ホテルの大浴場は、使用する湯の量も半端じゃないので、一部循環がほとんどだからやむをえないのだろうが、やはりがっかりする。源泉掛け流しでないとね・・・。
しかし、食事は大満足。素材も、調理も絶品。造り、焼肉、イカ・こんにゃく・・・・ご飯が最高にうまかった。
お気に入りは、「足湯喫茶」屋外の大屋根の下に足湯があって、そこで喫茶が出来るというもの。なかなか、いいもんです。 |
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2005/ 8/24 |
地蔵盆様変わり
毎年、8月23日と24日は、村々の地蔵堂で、子ども達の無病息災を願って地蔵盆の催しが行われる。今年は、我が家が当番の年で、家族でその対応をした。23日の夜には、念仏講。翌24日の朝には、早朝から近所の子ども達がお参りにやってくる。そのとき、地蔵へのお供えが子ども達に振舞われる。お供えは、近所の各家から駄菓子でされる。それも煎餅が定番で、ゴマ・しょうが・ピーナッツ等、1斗缶に入った物が供えられていた。
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2005/ 8/20 |
休暇返上??7月1日から職場が変わったので、ある程度覚悟はしていたものの、「設備・メンテナンス部」というところは休みが無いというのを実体験。
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2005/ 8/13 |
巨大化する豆(?)柴我が家に、新しいペットが来たのが、4月末。生後2ヶ月弱の可愛いサイズが、今(5ヶ月半)身長は来た時の3倍ほどに成長した。母親は「豆柴」で、大きくならない犬のはずが、今は母親サイズをとうに追い越している。
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4/24 2ヶ月弱 |
7/3 4ヶ月 |
8/13 5ヶ月半 |
袚詞(はらえのことば)
掛けまくも畏き伊邪那岐大神 (かけまくも かしこき いざなぎのおおかみ)
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に (つくしのひむかのたちばなの おどのあはぎはらに)
御禊祓へ給いし時に生り坐せる祓戸の大神等 (おんみそぎはらえたまいしときになりませるはらえどのおおかみたち)
諸諸の禍事 罪 穢有らむをば (もろもろのまがごと つみ けがれあらむをば)
祓え給い清め給えと申事を聞こし食せと (はらえたまい きよめたまえと まをすことをきこしめせと)
恐み恐みも白す (かしこみかしこみも まをす)
今年のゴールデンウィークは、11連休にする人もいるとか・・・
我が社は、29日が出勤で、30日から6日間の連休。カミさんは30日が仕事。で明日/5月1日から連休。ということで さっそく、私は30日から休日モードでアクション開始!
最近のマイブームは 温泉めぐり。初日の今日は岡山県の湯原温泉界隈で「お気に入りのお湯」探し。
ガイドブックやら、インターネットに載っていて、評判のところに下見に行ってみました。
行った場所は、「真賀温泉館」「郷六温泉」「砂湯」の3ケ所。
真賀温泉館は、地元の組合で運営している湯治場で、湯船は4つ。奥から「家族風呂」・「幕湯(混浴)」・「男湯」・「女湯」。大枚(???)250円を支払って源泉がこんこんと湧き出るここの温泉の元湯、「幕湯」に入ってきました。(ちなみに男湯・女湯は150円)
いやーなんとも「つるすべ」のぬるめのお湯で、すっかり気に入りました。自然岩で作られた、小さめの、とっても深い風呂は、足の短い私には上がるのが一苦労でした。
湯船に浸かっていた先客は、月に2度はやってくるという岡山県の南から来た常連さんで、彼は2時間くらい入っていました。
私の後からは、定年後と思われるご夫婦。ご主人の談では「夫婦一緒に入らないと楽しみが無い(真の理由はわかりません(^_^;)」との事で、全国の混浴めぐりをされてるとのこと。前日は湯原温泉に泊まられ、炎天下の「砂湯(無料の露天風呂)」に入られたそうで、奥さんの背中がほんのりとピンクに日に焼けていました。
さらに、大阪からの温泉マニアの青年も加わって、しばし温泉談義に花が咲き、気が付くと私も1時間程つかっていました。おかげですっかり美人肌??
湯上りに冷やした温泉水を飲んで、老夫婦と娘さんの親子連れのといっしょに管理人の昔話を聞いて帰りました。(身も心もあったまった風呂でした)
他の2箇所の温泉も、足元から温泉が湧いてくる「まじりっ気無し」のいいお湯で、いずれもつるつるになる「美人の湯」でした。(砂湯はご存知、露天風呂の西の横綱とか)
今回は、[幕湯]がすっかり気に入ってしまい、次回は弁当持ちで来なければ・・・
(真賀温泉では、食堂らしきものはありません。旅館が数件あります)
遅い昼食は、下湯原温泉の食堂で 「そば定食」を注文し、これについていた「冷やっこ」がとっても美味しかったので、豆腐を土産で買って帰りました。
今回の連休では、あと1箇所 和歌山の龍神温泉を狙ってます。
もう一度カミさんと一緒に「真賀温泉」から「奥津温泉」のハシゴもいいかも。
(奥津温泉の奥津荘には「鍵湯」という昔の殿様専用のお風呂があり、熱めのお湯がこんこんと湧いていて、10分程度で汗だくになります)
残った日で、「西日本支部の総会案内状」を作成するつもりだが・・・どうも怪しげ
1957年4月1日 北海道の片田舎の町立小学校に入学。
道には雪がいっぱい残り、ようやく幹線道路の除雪が始まる。ブルドーザが湿った雪をぐいぐい押しのけて行く。自分が押しつぶされるような気がして逃げ惑った。ブルドーザが通り過ぎた後には、土が顔を見せる。
やがてもうもうと湯気を立て黒土が乾いて行く。それが北国の春の始まり・・・・
一年生の生活がはじまった。
「こくご」の教科書に最初に出てきたページは 桜の花の挿絵がついて
「さいた さいた さくらが さいた」
と書かれていた。
北海道の桜の時期は5月半ば。外はまだ雪が1mも積もっている。
「どうして、桜が咲くのだろう?」
まるで別世界の話だった。
「りか」の教科書には、渡り鳥のことが書いてあって、
「夏になるとツバメがやってきて家の軒先に巣をつくります」
本物(?)のツバメをはじめてみたのは、20歳になってからの事。
あまりにもツバメが小さいので 「これは子ツバメで、いつかもっと大きくなる」と思った。
今の教科書は、その地方に合わせた内容に編集されているのだろうか?
日本(政府)の考え方って、この教科書となんら変わらないような気がする。全ての基準が東京なのだ。中央意識が過剰で、何も見直そうとしない。
阪神淡路大震災のとき 東京から来た某女性キャスターが「この地震が東京に起こらなくてよかった・・・」と発言して、番組をおろされたとか・・・。
BS放送では、天気予報も交通渋滞情報も東京近辺の内容が放送されている。
「おかしい」と思わないのだろうなきっと。一地方のことなど無視してもOKなんだ。
「染井吉野」が桜の主流で 全国何処でも同じ桜。接木でしか増えないので、DNAは全て同じらしい。私は八重桜が好きだ。私の娘も八重桜を見ると「桜餅食べた~い」と言い出す。葉っぱの色と、大きな花弁がまさに「桜餅」にそっくりなのだ。
染井吉野が散ったあと 数週間後から咲き始める。
これからは、桜だけではなく、それぞれが個性を主張する時代 まさに地方の時代。
地方の総会 西日本支部の総会 にも参加してください。開催は7月17日(土)です
週末の気温が寒暖交互にやってくる。治りかけた風邪がぶり返しそうな日々。
先日(18日)、西原支部長と神戸(元町)で総会会場候補の下見をした日が最悪の日。
前日の暖かさが異常だっただけに。身にしみた。
通勤の途中で、桜が咲いていたので、今日撮影してきました。桜の種類が違うようで、早咲きの品種(※)だったようです。西日本の開花は1週間先になる見込みです。近所の桜の名所は「姫路城」・「明石公園」・「須磨浦公園」等など・・・
※後日お話を聞くと、「サクランボ」の花でした。精一杯誉めて置いたので、収穫期にはおすそ分けがあるかも…
下見の記事を載せるついでに、過去の総会記事を整理しようと、同窓会会報をめくると、1997年の会報に「第1回西日本支部総会 実施報告」の記事が見つかった。3M 辻田さんがかかれた記事で、生みの苦しみが伝わってくる。
同じ見開きページに 2M山口さんの「阪神大震災から1000日目の今日」の記事があり、読み返して、肉親が焼死した部分まで読むと、涙があふれてきた。
今日は彼岸の中日。彼岸の彼方から、此岸の家族を見守ってくれていることでしょう。
震災といえば、今日3月20日は
復興に向けて必死で頑張り、岸壁クレーンを復旧した後、コンテナ船が初入港して荷役を行った日。
翌日の新聞紙面は、この記事がトップになるはずでした。しかし、地下鉄サリン事件が1面を占領し、マスコミのインタビューに答えていた復興の仲間は「毒ガスに負けた」とくやし涙を流していました。
追記:我が家のパソコン。ディスプレイが液晶に変わりました。かぶりつきで作業していたのが、やや控えめに・・・。(うれしい!)
今日は、午前中は晴れ。
昼頃から、季節はずれというか、ここでは珍しいボタン雪が舞いはじめ、あっという間に一面銀世界。
午前中は、健康のため、約5kmを歩いてきたが、風は冷たいものの、のどかな日差しのなか、ヒバリの鳴く声やら、青々とした麦畑に春を感じていた。
寒気団の張り出したところに低気圧の通過というこの辺の降雪条件が整ったせいだと思うけども、普段は雪とは縁が無くちょっとうれしい。
朝のニュースで、城崎温泉の雪景色が写り、これから、雪見風呂に出かけようと思っている。渋滞が無ければ片道2時間強のみちのり。
<城崎です>
一面雪だらけ。風情よし。湯よし。
お気に入りは「まんだら湯」 桶風呂でゆったりしてきました。
京都伏見の酒蔵「月の桂」(増田徳兵衛商店)を見学しました。昔ながらの酒造りをベースに新しい形の酒を生んでゆく。濁り酒を日本で最初に販売したのがこの酒造会社。若く素敵な社長に案内していただきました。言葉の端々に歴史が見え隠れし、今は復古種の米作りから取り組んでおられるそうです。
蔵の風情(煙突は震災で破損し修復) 三輪明神の杉玉 酒造の神「松尾様」の神棚
「この蔵は先の戦災(鳥羽伏見の戦い)で消失後の建て直しなので新しい(?)のです」と社長の説明
杉玉:古来、造り酒屋の看板として杉の葉を束ねて軒先に吊るす風習で、これを“酒琳”(さかばやし)と言うらしい。後に球状に造られたことから「杉玉」という呼ばれるようになったとのことです。
増田徳兵衛商店事務所 植え込みの椿 古い形の杉玉(酒琳)
蔵一杯に広がる日本酒の甘い香り。古い蔵でありながら、磨きこまれたと表現するほうが適切なほど掃除が隅々まで行き届いていました。杜氏の気概が伝わってきます。
使いこまれた道具 酒の素<麹>と社長 タンクの中のモロミ
(食べると甘さが広がります) (いい香りです)
蔵には古酒が20L容器の中で眠ってました。磁器の製造には碍子(ガイシ)の製造メーカに依頼し、今は中国の茶器を製造している所に依頼しているとの事でした。
貯蔵している古酒と社長 古酒の容器の栓(和紙で保護) 酒飲み達の試飲
一番若い濁り酒と、古酒(紹興酒と似た味がしました)を一緒に味わえる幸せは酒蔵ならではの楽しみなのでは・・・と参加の機会を与えてくれた酒好きの諸氏に感謝です。
<余談>
一升瓶の状態で貯蔵されている古酒が4000本程あって、それをどうするか社長が思案中とのこと。酒好き諸氏にはそれが何時売り出されるか?に興味が集中していました・・・・
久々に寝込む程の風邪をひいた。動物のインフルエンザが大流行らしいが、私のは体型的には「豚」インフルエンザかもしれない(ーー;)。
38度以上の熱になると、夢の中で、夢をみて一向に病気はよくならない。温もると咳が出て、目が覚める。一日何もせずボーっとしてるのが無駄なような気がして、久々に気まぐれ日記に向かうことにした。(頭はぐるんぐるんと回っていて、鼻からは、火が吹きそうな熱い息が出る。)
大事な会議の代理出席を言われたにもかかわらず、それすら対応出来ない。まさに情けない状態にある。決して丈夫ではないが、親譲りの健康過敏症。体調が悪いと、何はともあれ自分中心に行動する。
カミさんはそんな私に大批判。(私だって決してよい体調ではないの!と自己主張する)
今日も、仕事に出かけた。(今、年に一度の大忙しの時期らしい)
そんな、夫婦でも、先日28年目の結婚記念日を迎えた。夫婦も年をとると、空気のような存在になってくる。あまり気にもかけないが無いと死んでしまう。いつも穏やかな空気ならいいが、時々澱んで悪臭も放つし、気圧も下がる。大竜巻もたまに発生する。夫婦とはそんなものかもしれない。
一刻も早いカミさんの帰宅を願って、今日は甘えるのもいいかも・・・
<続編>---
2/20
結局、自宅内隔離状態(居間に布団を持ち込み寝室を別にする。先週は長女が、同じように隔離)で、2日間過ごしたが、熱も下がり、思考もまともに出来るようになったので3日目に出社することにした。
マスク(昨年のサーズ騒動で通販で購入したもの)で完全(?)装備し、ようようと出社するも、部内の視線が冷たい。咳をすると、「菌をばら撒いてる!!」と、女子社員が言う。
年長の同僚から「今 あんたに移されると、組織の機能が低下する。菌を撒き散らす前に、じっくり自宅で直してくれ。特に緊急事態も発生していないし・・・」
管理職の仕事とは、本来こんなものかもしれない。
根っからのずぼらな性格の私には、うれしいのがほとんどで、お言葉に甘えて帰宅することにした。(見回すと本日病気休暇3名)
現在の体調は、とにかく節々が痛いし、腹筋は筋肉痛。
目下の悩みは、定時後に開かれる 部内の定年退職者の送別会出席。
はて出席したものかどうか・・・
同窓会の名簿管理方法について、今年の理事会・総会で議論してもらえそうで楽しみだ。
先日の掲示板にも掲載したが、名簿をCDのデータで配布すれば従来の1/4以下に費用節減が出来る。(現に明石高専では、CDで配布されている)
提案1:同総会名簿管理には「名簿ID」と「パスワード」を使う。
「ID」と「パスワード」は、同総会誌配布時に個人宛に送付する。
提案2:同総会名簿はCDで配布し、このCDのデータ開封に「ID」と「パスワード入力」をキーになるようにソフトを組み込む。(ソフト制作は外注する)
データ内容は「検索」のみが可能とし、印刷は画面のハードコピーのみが可能な設定として、一覧印刷は出来ないようにする。(データ転用が困難な方式とする)
検索は、個人検索・クラス検索とし、全体一覧はできないようにする。
提案3:名簿の送付はCD配布を原則とし、印刷物を希望する会員は、同総会誌配布時に同封の「申込み書」返送で「印刷した同総会名簿」を送付する。
(印刷及び郵送に必要な費用は別途請求する)
提案4:名簿の検索は、同総会のHPで、上記「ID」と「パスワード」入力で、検索ページにアクセス可能とする。
提案5:ホームページでのデータ管理(インターネットでの個人データ訂正申告)については、上記「ID」と「パスワード」で可能とする。
したがって、インターネットでのデータベース管理と、名簿管理とは直接リンクするシステムが必要。
今年の支部総会の日程と場所が決まった。
役員会で、神戸の話をしていると案外近くでありながら神戸の事を知らない人が多い。今神戸はファッション都市宣言。
総会で神戸に来てもらえると、いろいろ楽しめる。
新神戸駅から近い「北野」の異人館街。ひとつづつ回るとここだけで1日楽しめる。
港神戸を中心とするなら、「メリケンパーク」から「モザイク」にかけて。震災メモいリアルパークも含め港の雰囲気を楽しめる。ポートタワー周辺からはいろんな港めぐりの船があり海からの神戸も楽しめる。
メリケンパークからJR元町駅に向かうと「南京町=中華街」があり、元町商店街も楽しめる。大丸裏から東方向の東公園には毎年末に「ルミナリエ」のイルミネーションが飾られる。
三ノ宮駅前の浜側は元町にかけて「そごう」「三ノ宮センター街」と商店街はひしめき合う。駅の山側は夜になると大人の社交場 飲食店が立ち並ぶ。
神戸駅で下車すると、浜側に「ハーバーランド」「モザイク」があり、若者が集う場所になっている。
そのほかポートアイランド・六甲アイランド、新神戸駅前の「オーパ」、山に上がれば六甲山・摩耶山、有馬温泉。西に向かい須磨に行けば、百人一首ににも歌われた須磨浦海岸・須磨浦公園から鉢伏山・・・
さらに足を伸ばせば、世界一の「明石海峡大橋」を渡って淡路島-四国。姫路までは新快速で40分で世界文化遺産の「姫路城」へ。もっと西には、「播州赤穂」
阪神・淡路大震災が起こって9年になりました。
1・17未明 雪がうっすらと積もった街で、慰霊のイベントが開催されました。
被災地はあたかも復興したように見えます。しかし、いろんな形で今も大きな傷跡が残っています。
あの日・あの時それぞれの心に残った災害への思いを忘れず、支えあい助け合った心を大切にしたいと思います。
震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。 合掌
阪神・淡路大震災が起こって今日で9年過ぎた。
年とともにあの時の記憶が薄れてゆくのがつらい。
「ボランティア」に参加する者、復興の仕事に専念する者・・・
それぞれが、「自分に何が出来る」という思いで取り組んだ日々。
街に住み、忘れかけていた「助け合う心」「助け合わなければ生きていけない」そんな心がよみがえったあの時。
この心を忘れない。
私には、そう気持ちを「思い出させる日」になったのかもしれない。
災害に備え、もう一度身の回りを確認して下さい(詳細は震災の教訓-備え-参照)
今日は、成人の日。二十歳の祝って各地で催し物が開催される。
私の姪が、成人式との事で晴れ着を着て参加したらしい。
というのは、今日は会社の振り替え出勤日で私は仕事。義妹は、私に娘の写真を撮って欲しかったらしいが、そんな理由で今日のカメラマンは私の妻と娘。
妻はデジカメ。娘はかつて私が使っていた6×4.5センチサイズの一眼レフカメラを使いたいと、前日の特訓で使ったようだ。
成人式といえば、私は「成人の日」の式典に出席の案内状をもらった事が無い。
誕生日が2月という事で、旭川に居たときには、成人の日に20歳になった人が対象になっていた。その年の4月に兵庫に就職し、翌年の成人の日には、その年度内に成人になる人が対象で、すでに対象年齢を過ぎていた。
笑い話のようだが、就職してから、この手の不運が付きまとっている。
---例えば次のような具合---
■有給休暇は、前年入社者は2年目から20日間が支給された。
私の年度から10日から暫時日数が増え、20日間になるのに4年かかった。
■永年勤続表彰時、前年までペアウオッチ。私の年からは表彰状を入れる額縁
■勤続25年のリフレッシュ休暇は、経営不振で1年延期
■管理職になった年に、さっそく給与・ボーナスのカット
この調子で行くと、年金支給も当てにならない・・・・ような気がする。
しかし、人生通算すれば、幸せなのかも知れない。家族にも恵まれ、仕事にも恵まれた。これからは、ちょっとだけ自分のための時間を増やしてみようと思う。
新年明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします
昨年も、日本経済は低迷し、イラク戦争への自衛隊派兵と
世の中心配なことばかり。
地球温暖化の影響なのか、異常が当たり前であるような、異常気象の連続。世の中不安だらけ・・・・
世直しは西日本から!
ノストラダムスの大予言「1999年地球滅亡」と言われても、まだしたたかに生きている。
しかも昨年は、阪神タイガースの優勝。ダイエーホークスは日本一と西日本のテンションは最高に上がりました。関西の「オバチャン」に代表されるように、太閤さんのお膝元は しぶとさが信条です。
今年は、支部総会の開催される年です。2年毎に支部総会と本部総会を開催しますので、オリンピックのある年が西日本支部総会の開催年になります。
ぜひ「元気の出る同窓会」に参加下さい。
<年末行事>
年末恒例の NHK紅白歌合戦 は白組の圧勝。
その後は、毎年楽しみなのが、テレビ東京をキー局で放送される「ジルベスターコンサート」。カウントダウンの午前0時に演奏を完了させるというもの。今回の指揮者は「小林研一郎」曲目はベルリオーズ作曲の「幻想交響曲 第5楽章」秒針と演目を見ながら、結構スリリングな終了時を楽しめる。
今回も見事な完了。毎年の事ながら関心させられてしまう。
新年明けましておめでとうございます。
普段、クラシック音楽には縁が無い生活だけど、娘の影響(2人とも今も地元の吹奏楽団に在籍)で演奏を聞くようになった。なかなかいいもんです。
我が家の新年は、「初日の出」に拍手を打つ(といっても今年は私だけ)ことから始まります。その後は、毎年私が雑煮を作る。
家族そろって お神酒と一緒にいただきます。5~6個は平らげた胃袋も、年とともに許容量が減り、せいぜい2個まで。
<雑煮のこと>
よく、雑煮の話になると、「すまし汁?それとも白味噌?」と聞かれるが、我が家は豚汁(?)仕立てである。
作り方は「豚肉を、たまねぎと一緒に炒め、湯を加えて 酒・みりん・醤油で味付けする」だけの簡単なもの。あぶった餅を入れ、刻みネギと唐辛子で味を調えます。
-豚汁雑煮の由来-
北海道の水呑百姓の家では、肉と言えば卵を産まなくなった鳥肉であり、金を出さなけれが口に出来ない豚肉は高級食材でありました(食材は畑から入手できるもの)。
春に生まれた豚を一年かけて太らせ、隣近所が協力して年末に解体(資格のない屠殺行為は違法です・・・)し、得られた豚肉は、まさに正月ならではの食材でした。
<餅のこと>
餅と言えば、年末に近所から搗きたての餅をいただいた。この雑煮に入れるため、いただいた餅と、市販の餅を一緒にあぶっているとふと気が付いた。
杵搗きの餅はプゥーッと膨らんでくるが、市販の餅は一向に膨らまないのである。
私の推論では、餅の中に含まれている空気に影響があると判断した。杵搗きの餅は、その過程でたくさんの空気を含ませる。一方機械で搗いた餅は、振動を加えて餅にしてしまうので、空気が排出されてしまう。したがって、加熱しても膨らまない餅が出来上がる。
味はどうかと問われると、どちらもうまい。ただ、膨らんだ餅のほうが心なしか柔らかく、おいしいように感じた。
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