気まぐれ日記

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旭専同窓会 西日本支部 

 

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このページは、過去のトップ記事を集め、適当に再編集したものと、管理者の気まぐれでその時々のぼやきを主にした殴り書きと理解してください。
したがって、管理者の独断と偏見で作られたページであります。

                                                 (2003/08/30 5M 福井 勇)

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2010/06/07

会議に同窓生が6名も・・

2010/05/06

北見峠で吹雪に遭い、帰宅したら真夏日

2010/02/11

四国には坂本龍馬とアンパンマン

2010/01/12

左利き?右利き?

2010/01/10

雪遊び

2010/01/02

新年の思い

2009/12/13

お葬式・法要

2009/10/12

大腸ガン健診(内視鏡検査)

2009/10/08

クラス会に参加

2009/09/21

旭川総会に参加

2009/09/13

青森温泉三昧

2009/07/22

ナイター観戦

2009/03/29

城崎温泉

2009/02/22

霧島神社

2009/02/11

鴨なんばんそば

2009/01/12

雪の日・続き

2009/01/11

雪の日

2009/01/03

新春の思い

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2010/06/07

会議に同窓生が6名も・・・

 私の親会社が札幌の某機械メーカーに製品を発注し、その機械メーカから、現場での一部製作と組み立てを請け負うことになり、6月7日に、製品の製作について技術打合せを行った。
 本件の仕掛け人である、3期機械卒の某商社の札幌営業所長を筆頭に、機械メーカからは、技術部長、技術部グループリーダー、資材部長、工作課長が旭川高専の同窓生。総勢11名の会議に6名が旭川高専の同窓生という不思議な空間。

 なんとか、安くていいものをという思いが、話を熱くする。私は一品料理の受注生産品ばかりの経験で、彼らは量産を前提にしたものづくり。ある意味での「異文化交流」のような気がする。

 20数年前に、明石海峡大橋の主塔架設の検討に参加して事がある。私の担当は、地上300mの高さに150tのブロックを吊上げる架設クレーン。橋梁屋と工事屋とクレーン屋の3人で始めた検討。同じような製品だと思っていたが、全く異文化の交流になった。私が常識と思っていることは、彼らに「感嘆」される。彼らの常識は、私には「新しい世界」で、ずいぶん勉強になった。(ただし、この年に右目の視力が1.2から0.3に落ちて、今は0.1になっている。左目は1.2のままだが…)

 今回の製品受注をきっかけに、この分野に進出を図る、札幌のメーカをバックアップできれば、と思っている。

 昨年あたりから、3期の先輩に紹介をもらって、年度末には函館に製品を納めることが出来た。北海道の景気は冷え込んでいるが、そろそろ、冬眠から覚めて欲しいものだ。

 

2010/05/06

北見峠で吹雪に遭い、帰宅したら真夏日

 4月30日に、北見で甥の結婚式があり、連休の前半を北海道で過ごした。27日に函館出張。28日から休暇に入ったが、札幌では雪がちらつく寒さ。
天気予報では石北峠霙・・・と道内は強風に寒波。 それにしても、たまらん寒さで、防寒着を持参したのは正解だった。

29日の美幌峠は強風と濃霧で車を走らせるのも神経を使ったが、
30日からようやく晴れて摩周湖(左の写真)・屈斜路湖(右の写真)を見ることができた。

摩周湖は展望台への道が雪の壁。壁の間を吹き抜ける風はまるで冷蔵庫のような効果で体の芯まで冷え切ってしまうようだ。

5月1日に、兄の家に寄り、湧別川の近くだったので、散歩に出かけた。
ここはこれから春。
ふきのとう・スミレ・ネコヤナギが花をつけ、遅い春を味わってきた。
野生化したクロッカスがさわやかな色をつけていた。

2日に帰宅して、3日に行われた町の恒例行事に、孫が参加するのでビデオ撮影を頼まれたが、この日は23℃。5日は30℃の真夏日になった。

寒暖の差で、くたびれかけた頭の中が発酵してしまいそうな連休だった。
 

2010/02/11

四国には坂本龍馬とアンパンマン

 今年も、娘と先祖の墓参りで四国(高知県)に出掛けた。父親の先祖は高岡郡津野町で四万十川の源流近く、母親の先祖は長岡郡本山町で吉野川の源流近く。日帰り出来ない距離ではないが、往復800kmはちょっときついので、高知市内に1泊した。
 高知は今大河ドラマの影響で「龍馬一色」泊まった宿も龍馬の生家の跡が売り物のホテル。そこかしこに龍馬関連のパネルやら写真がかざってある。地鶏のすき焼きにかつおのたたきと名物を賞味し、舌鼓。

極めつけは、喫茶室のコーヒー。500円で龍馬が飲める。左が飲む前のカプチーノで、右が飲んだ後。ムンクのようになってしまった。

時間ができたので、「アンパンマンミュージアムにもよってみた。孫がいなくても、結構楽しめる。娘と一緒にはしゃぎまわってお気に入りのキャラクターと一緒に写真を撮ってみた。 

翌日は、本山町の母の先祖の墓参りをして、帰りに「こんぴらさん(金刀比羅宮)」に行ってきた。
娘と、「雨なら途中まで」と言いながら、ぜいぜいと息を切らし、歩いているときはさほどの雨でもなかったので、鳥居の度に一礼をしながら、結局御本宮まで上がることになった。

賽銭をいれ、二礼・二拍手・一礼で、家内の健康と安全を願ってきた。娘も私も今年が前厄と知り幸せの黄色いお守りを購入して、下山した。娘は3年有効のお守りを購入し、「3年後にまた来る」と言ってご満悦。
途中、書院にある「丸山応挙の襖絵」を見て、虎の柔らかな毛の表現に感動し、鳥居の前で店を出せる「5軒の鼈甲飴露店」で一番きれいな売り子の店で飴を購入し、呼び込みに誘われ「金毘羅うどん」を食べて、満足(満腹)の金毘羅参りになった。
一角に「丸金醤油」の店があり、マルキンが金刀比羅から由来しているのを知り、醤油アイスなるものも販売していたが・・・。

帰りの高速道路は土砂降りの雨で、前日までの暖冬が一気に気温が下がり、強風の道中だったが、ご先祖様のご加護か、金毘羅さんのご加護か、事故も無く無事帰宅した。

2010/01/12

左利き?右利き?

 毎夜、メタボ対策で、犬の散歩に約50分ほど出かける。気温も下がり、季節風にさらされてあぜ道を歩いていると、尿意を催してくる。犬のマーキングにつられて、犬と連ションをする事がある。(夜のあぜ道で人目も無く・・・・)
防寒の手袋を脱ぎ、ファスナーを下げて、小便をするのだが、ふと思うといつも左手でしているのに気がついた。ためしに、右手でしようとすると、我が愚息は寒さで縮こまっているし、指は下着の重ねに戸惑って思う場所に到達せず、ちびりそうになった。右利きなのに、小便では左利きの自分を自覚した。

 そういえば、かつて「実習工場の鍛造実習(懐かしい)」で、大ハンマーを振り下ろして、鉛の塊をたたいて延ばす実習があったが、このときも左利きだった。普通、右利きの場合、右手が先・左手が手元に来るらしい(野球の右打席の握り)が、私は逆手になっていた。言われてから持ち替えて振り下ろしたが、自分でも恐ろしくコントロールが利かない。同僚の頭に振り下ろしてはいけないので、すぐ元に戻したが・・・・(笑)。
他にも(運動神経の鈍さが本当の理由かもしれないが)、私は野球のグラブが扱えない。左手が、極端に不器用なのだ。補球に行っても、右手が出てしまうのだ。

 自分では、手先が器用と自信はあるが、右手に比べ、左手が極端に不器用なのだ。遊びで、左手に箸をもち、物をつまむことは出来るが、頭の中で、右手の動き・力加減を分析し、左手で扱う動作を緻密に考えてようやく動かせることが出来るだけ。パソコンのキーボードも一応両手で打ってはいるが、左手の使う範囲はごくわずか。右手が左手のエリアに食い込んできている。

 左利きの人の話を聞くと結構面白い。「字は右手で、箸は左手」など、すべて左手という人は案外少なく、両刀使い的な人が多く、感心させられる。
会社の部下で、マウスを左手で扱っているのが居て、聞けば「左手でマウスを使えたら、右手の活用範囲が増える」と考えて使っているそうだ。これもなるほどと思える。

日本ハムのダルビッシュ投手は、練習で左投げをするらしい。TV番組で話していたが、彼は変化球が得意で、自分の思う場所で思うように曲げられるそうだ。その投げ方の研究のため、左で投げて、ヒントをつかむらしい。

 散歩途中の立小便から、おかしな話になったが、普段使わない左手を使うとひょっとしたら健康にもいいかもしれない。一度自分の生活パターンを「右から」はじめる動作を、「左から」に変えてみたり、右手でしている動作を左手でしてみるとおもしろそうだ。

 

2010/01/10

雪遊び (1/10トップページの雪ダルマ

 年末から年始の寒波で、兵庫県北部も大雪だったので、久々に雪遊びをしようと、娘一家と但馬(兵庫県の北部)地方に出かけた。

 しかし、先日の雪の情報がうそのように雪が無い。昨年もほぼ同じときに出かけたが(雪の日・続き-1/12)、お気に入りの蕎麦屋の前に積もった雪は無い。一面の雪原を眺めて食べた蕎麦屋の窓からは、白い色が全く見えない。皿そばの味には満足するも風景の物足りなさに、雪遊びが出来る場所を探すことにした。

 考えたすえ、この近くで神鍋(かんなべ:兵庫県で古くからあるスキー場)方面なら雪があるはずと、足を伸ばした。
 予想は的中!融けかけの雪だが、ほどほどの量があって雪遊びには最適。スキー場まで行くよりも、その途中にある「但馬ドーム」なら駐車料は無料だし、人も少ないので、ここで遊ぶことにした。

さっそく娘達と孫は雪合戦。

 私は久々の湿った雪なので、雪ダルマを作ることにした。水分が多すぎて重過ぎる。年のせいもあるかもしれないが、腰を入れないと転がせない。ようやく胴の部分を置き、頭の部分を載せ鼻・耳・目とつけていくと、孫たちも参加。ついにはおっぱいまでとりついてしまった・・・

やがて、孫はそり遊びに夢中になり、私は創作意欲が沸いて、犬の像をベンチの上に作った。モデルは、我が家の真っ黒な柴犬の雑種。孫は「白いベンちゃん」と喜んでくれた。

帰りは城崎温泉で湯につかり、兵庫の冬を楽しんできた。

  

 

2010/01/02

新年の思い

昨年11月に義母が他界し、今年の正月は「喪中」。
年末に喪中はがきを送付し、案の定年賀状はほとんど無い。

 かつての上司から、年末に「寒中見舞い」が届いた。その気遣いに胸が熱くなった。
直属ではなかったが、技術的にも人間的にもすばらしい方で、この人になら安心して任せられる信頼感があふれていた。現役時代には、札幌ドームの空気浮上式移動グランドのプロマネをされ、全く新しい試みを見事成功させた。自分もこうありたいと思うけど、いつも足元に及ばない自分を見つけ反省させられる。

 自分は、「生涯現役の技術屋」を目標にしているが、環境はなかなかそうさせてもらいにくい状況になりつつある。
 昨年4月に上司が変わり、現状の組織で、部下に任せて指導重視の要求が出てきた。それはそれで大切な問題だが・・・。

 果たして現状の弱小組織の中で、一線を引いて部下に仕事を任せられるか。
 顧客への対応を、部下に任せると、心配事と責任だけが増えるだけという思い上がりの性格なので、かつての上司が「あんたに任せた」「あんたと心中だ」と殺し文句で私を手玉にとったように、はたして自分が出来るか・・・

 昨年亡くなった中尾元会長がよくおっしゃっておられた「少数精鋭という言葉があるが、これは少人数の精鋭で仕事をすることではない。誰でも少人数の環境におかれると精鋭になる。」という言葉をかみ締めて、思い切って若手に任せるべき時なのか・・・と悩んでいる。

 ある意味で、今年が自分の「現役技術者として対応する正念場」なのかも知れない。

 

2009/12/13

お葬式・法要

 先日 義母が亡くなって(享年86歳)、ついに「親」と呼べる人がいなくなった。
葬儀にかかわると、親戚・近所・知人などいろんな人が故人を偲んで、弔問に来てくれる。ありがたい話だ。
 葬式が終わって、それで終了かと思っていたが、次から次へと行事が待っている。近所のお寺が震災で傷んだので、檀家から80万円づつ寄付を集め、ようやく普請が終わったが、まだまだ不足するので、お寺さんの営業活動なのかと思っていたが、故人が、この世からあの世に行くための手助けをするのがその行事らしい。
(「坊主丸儲け」のお布施集めのイベントという認識を修正することになった)

ただ、中陰の法要には、住職では無くその息子(私の娘より若い)が回っている。
供養の意味を聞いたが、還暦目前の頭では記憶能力が怪しくて、インターネットで調べてみた。若坊主の言っていた事がわかりやすく記載されていた。(インターネットはとても便利だ)
七日(逮夜)毎に、いろんな仏様の前で、故人が生前行った(悪)行に対して裁きがあるらしい。
その他にも、法事というのは下記のように、審判する仏様が決まっているらしい。

初七日:不動明王      百ヶ日:観音菩薩
二七日:釈迦如来      一周忌:勢至菩薩

三七日:文殊菩薩      三回忌:阿弥陀如来

四七日:普賢菩薩      七回忌:阿しゅく如来

五七日:地蔵菩薩      十三回忌:大日如来

六七日:弥勒菩薩      三十三回忌:虚空菩薩

七七日:薬師如来

天真爛漫を絵に描いたような人だったから、多分、義母は天国にいけるとは思うが、この世に食べ物の未練が残っているやも・・・(なにせ、亡くなる直前まで、「ケンタッキー」が食べたいと言っていた人で、80才を過ぎても3ピースを平らげた人だから・・・)
そんな、義母のエピソードが山ほどあって、(私の娘を筆頭に)孫達が笑いを作ってくれた。

<満中陰法要(四十九日法要)>
人の死後49日の間を仏教では中陰の期間といって、六道輪廻の間をさまよう期間とされました。この期間に行なう供養を中陰供養といいます。
『梵網経』には、
例え生前中に、悪行を重ねた人でも、遺族が7日毎に追善供養をすれば、死者もその功徳を受けるとあります。49日目は、審判で死者の運命が決まるとされており、満中陰といわれています。
また「忌」明けとは、中陰の期間である死者の六道輪廻が終了して六道の何処かに生まれ変わることを意味し、それとともに忌の汚れが除かれたことを祝う行事です。そこでこの法要は盛大に行なわれることになります。

(お葬式プラザから引用:http://www.osoushiki-plaza.com/library/sikitari/manchuin.html#pagetop)

2009/10/12

大腸ガン健診(内視鏡検査) 今後受検される方のために---克明(?)な経験記録

毎年会社の健康診断で実施される大腸ガン検診にひっかかった。

内視鏡検査を実施することになり、会社の系列病院にまず事前手続きへ。

 

手続きはおおむね次の流れ。

(1)採便で、鮮血反応を確認され本人に通知が来る。

(2)内視鏡検査を希望の病院で受診手続きをとる。

(3)内視鏡による詳細検査の前に、医師からの説明を受ける。

というよりは、内視鏡検査で、万が一腸壁を傷つけてしまうことがあるが、それでもよければ同意書にサインして。というのが主旨で、検査前日に服用する下剤をくれる。

(4)前準備 検査3日前から排便状態をチェックし、食事は繊維質をさけたものにする。

(5)前日21時と22時に2種類の下剤を服用

(6)当日8時半に病院に入り、午前中下剤を1.8L飲んで、おなかの中を空っぽにする

(7)午後から、内視鏡の検査をし、もしポリープ等の異常があれば採取

(8)採取したサンプルを分析・診断

<家族会議>

老人介護をしている娘が下剤の袋を目ざとく見つけ、「これ一瓶飲むん?数滴でお年寄りはオムツが水浸しになるのに。どんなんなるんやろ?」と興味深々。家族会議(?)の結果では、当日の電車で移動する事は、最悪電車内でぶちまけてしまう可能性大。本人の名誉のために、病院の近くに宿泊すべし。結果については仔細を家族に報告する事になった。

 

以下、内視鏡検査までの顛末を・・・

 

9月9日(水) 

 <検査前日:夕食ご近所のホテル入り・下剤を賞味?>

会社を6時前に退社し犬の散歩を済ませ、風呂に入ってから自宅で早い夕食(まるで最後の晩餐?)といってもオカカのおにぎり2個+高級梅干を食べた。

目の前で孫が、顔中ご飯粒をくっつけて一緒におにぎりをほおばっている。

カミさんに駅まで送ってもらい、電車でホテルの最寄り駅まで。少し、遠回りしながら9時前にホテルに到着。

着替えて、いつでも寝られる体制になる。

 

21時07分 ラキソベロン10mlをコップ一杯の水に溶き 一気飲み(少し甘い)

   24分 おなかがすこしグルグル言い出した。(娘の話だと、ここで即効でトイレ直行のはず・・・)

   35分 ペットボトルの「ウーロン茶」を飲むと、きゅるきゅると少々痛み

22時06分 プルゼニド2錠を服用

   15分 ペットボトルの「爽健美茶」を自販機で購入(がばがばと飲む)

   32分 便は出ず(T_T)・・・・眠りにつく

 

9月10日(木)

<事前の排便---下剤の効果と時系列>

4時20分 出ず

5時20分 ガスばかり・・・

6時00分・35分・54分・7時35分 微量の排便
  (前日昼、会社の給食に出た「金平ごぼう」の繊維が悪かったのか・・・?)

7時30分 ホテルをチェックアウト(当然、朝食抜き)

8時過ぎに病院に到着

  事務手続きの案内に従い、対応

8時30分 採血(止血の性能を確認するらしい)

  相変わらず、静脈が出ず3箇所空振りし、4度目にようやく血管にたどり着く

  (平岡看護師さんあなたのせいではありません。採血場所が暗いんです)

8時35分 下剤をくれて、部屋に案内される。

    部屋は小ましなビジネスホテル並みで、当然トイレ・ベッドと机とテレビ付

  38分 マグコロールP(1800mlのパック入り)を飲み始める

  48分 1杯目飲み干す(10分で1杯ペース)味はポカリスエット風で悪くない。おなかに変化なし

  58分 2杯目飲み干し

9時18分 3杯目飲み干し(≒900ml)

  25分 ①微量の排便(ウォシュレットは水勢が弱い)

  40分 4杯目

  45分 ②水状の便が出る

10時03分  ③水状の排便(固形の残便感あり)

  08分 5杯目

  26分 6杯目

  44分 少なめの7杯目1800ml 飲み干しました)

  46分 ④水状の排便(肛門がひりひりする)

  50分 排便の状態を看護師さんに報告。便のサンプル画像(グロテスクですわ)と比較し、状況を問われる。いまいちなので、運動と水分摂取の指示あり。

11時00分 売店で「からだ巡茶」を購入 廊下を行ったりきたり。オリの中の熊を想像・・・・

  25分 ⑤排便 ほとんど水状だが、まだ色濃い (水気をとって足踏みランニングで便意)

  35分 ⑥排便 かなり色が落ちた(もう一息)

  37分 からだ巡茶(410ml)飲み干し、さらにアクエリアスを一本購入

  53分 ⑦排便 ほとんど小便状態(肛門のひりひりはだんだん酷く・・・

12時07分 ⑧排便 もう小便並み(肛門が痛い・ズボンの上げ下げがめんどくさい)

       昨夜の睡眠不足でウトウトするが、尻がトイレを督促する

 14分 腹減った。何か食いたい(終ったら何食おうかな?)

      水気の取りすぎ?気分が悪い。落ち着くまで飲むのは止めとくことにした

   30分 ⑨排便 小便も一緒に一気にシャー状態

13時 排便の状況報告し、OKが出て、いよいよ検査室で、内視鏡検査
 

<検査の状況>

すっぽんぽんになって、尻の部分が穴があいて、ふたのある下着を着用し、うわっぱりを羽織る。

診察台に上がり、横向きの姿勢で尻を突き出す。

検査の医師が、「力を抜いて下さい。局部麻酔をしますので・・・」と言いながら、尻の周りに麻酔薬を塗りたくる。きれいな看護師さんの細い指で優しくという願いも虚しく、「オッサンなにさらすねん!、ケツの穴はただれてヒリヒリすんのに、もうちっと優しくせんかい!」と心の中で泣き叫んでも聞いてはくれず・・・

やがて、目の前のモニターに我が肛門様から侵入したカメラの画像がデカデカと写しだされる。

「おっ 割ときれいやんけ」と思いつつ、カメラの先から空気がどんどん充填され、腸内はパンパン。

屁が出る<`ヘ´> シブキになって出てまう~」 と我慢していたら、看護師さんが「我慢しなくていいんですよ、ガスが出そうになったら出して下さい」と・・・理性のとりこになっていた私には天使の声に聞こえた。

 

カメラは、たまった水気を吸い出し、エアを充填しつつ、直腸からS字結腸・・・(あとわからん)・・・と、どんどん進み、大腸を一周して盲腸のところで終了。引き返しながら、要所を写真に撮っていた。

 

結果「異常なし」\(^o^)/ やっぱ、便秘の雲古で、切れた時の血がひっかかったのだと、自己評価。

 

というような事で、帰りは糖尿の天敵 「禁断の天丼」 を食べて家路に着く。

前日の夜7時から16時間ぶりの食事は、さぞかし美味しいはずであったが、水気ばかりで、腹は落ち着かず、結局翌日朝まで腹はぐるぐる。

 

大腸内視鏡検査の顛末でした。これから検査を受けるときのご参考まで・・・。

 

2009/10/08

クラス会に参加

 10月3日 中学校のクラス会に参加した。卒業生44名のうち3名が他界し、今回の参加は17名。来年還暦を迎える年のオッサン・オバサンが先生を交えて、15歳にタイムスリップする。話せど話せど話題は尽きず、5時に始まったクラス会は、2次会・3次会・4次会と場所を変え、話あり・カラオケあり・焼き鳥ありで、気がつけば朝の2時。2次会・3次会は夫婦で参加するもの、高校の同級生の店など、また新しい話題が始まる。
 シャイだった昔とは打って変わって饒舌になった旧友、打ち明けられなかった恋心を打ち明け、同じ彼女を好きだったとか・・・いくつになっても恋の話題が一番楽しい。あの時心ときめかせた憧れの彼女はただのオバサンになっていたり、あの時気がつけばよかったというくらいの美女に変貌していたり・・・。でも、話せば素朴な15歳に帰る。
 卒業以来の再開出来た者との懐かしい話。常連の参加者でも、会えばまた昔の話と延々と楽しい話は続く。
 東京オリンピックを教室で観戦するため、教室に1台づつのTVがついた。その費用は、生徒の農作業(芋拾い)の報酬2年分で賄った。(今思えば、授業を放棄して農作業を学校単位で行うなんていうのは、もっての他なはずだが、世の中が認めていた)

今回は、担任の先生が、「体も弱っていてもう先がない。近場で頼む」との事で、会場・日時を決めたが、見渡すとこの先生が一番元気だった。(耳は遠くなっていたが・・・)
最後には、次回の開催日と場所を一年先に決めて再開を楽しみに別れた。いつも思うのは同窓会にしろ・クラス会にしろ、お互いがどんなに疲れていてもみんなが元気をもらって帰れること。
水野さん風に言えば 「いやー、同窓会ってホントに良いもんですね!」

翌日、時間が出来たので、能取湖のサンゴ草を見に行ったが、2週間前に終わっていた。仕方がないので、能取岬に行ってきた。

2009/09/21

旭川総会に参加(余話)

9/19の旭川で開催された本部総会に参加してきました。目的は来年開催の支部総会の宣伝と言いながら、実は単純に総会に参加したかっただけ?

今回は、常連の土谷(7C)さんが、現在リハビリ入院中なので、責任重大?と言いながら、あまり肩肘はらず、リラックスして参加する事にしました。
参加目的の一つは、「コロポックル山荘」で、五十嵐君(右の写真)の打った蕎麦を食べる事。札幌近郊に居る、いろんな人をお誘いしたのですが、金曜日の昼では、サラリーマン現役の人にはやや辛いようでした。結局、一番暇な(?)土井先輩(3M/HP委員長)と、倉内君(7M/札幌支部長)がやってきてくれました。
お二人を待つ間、(早朝の朝飯だったため)腹の虫が鳴りっぱなしで、奥さんに「お待ちしますか?」の問いかけに対し、「すぐ食べます!」と言って、ご自慢の「辛味大根蕎麦」は、あっという間に無くなりました。蕎麦を待つ間に出してくれた枝豆・とトウキビは、三人で平らげ、メタボを忘れたひと時でした。(写真を撮るのも忘れてました)

今回の参加は、大連休の初っ端だけに、旭川便は予約できず、ようやく採れた航空券は、前日の神戸-千歳便、帰りは20日の千歳-神戸便で、結局連休を楽しむ余裕もなくトンボ帰りの日程になりました。
18日は野幌のコロポックル山荘に寄り道し、丸瀬布の姉の家から「
マウレ山荘」の湯(右の写真)につかって至福のひと時。翌19日は佐呂間まで走り、新築の姉の家と姉の初孫に対面して、美味しい搾りたての濃厚牛乳をいただいて、旭川に戻りました。

理事会では、役員改選の時期になり、会長の交代、組織改訂の話もあり時間いっぱいまで審議があって、やや疲労。
ようやく解放され、総会(懇親会)会場には、若い同窓生がわんさか(女性会員もいっぱい)いて、まさに「New story starts」の雰囲気でした。我々のテーブルには、3期~6期の同窓生がいて、諸先輩はリタイヤ後の話、再就職・再雇用の話で盛り上がり、懇親会の最後は恒例の第一応援歌と、浅利支部長のエール、万歳三唱は杵築先生の音頭でお開きになりました。(それにしても杵築先生は若いです)

総会から、幹事役の後に続いて・・・・わらわらと2次会の会場へ。今回は、倉内君ともども、何故かしら 肌をいっぱい露出したきれいなネエチャンがいて、杵築先生・1期・2期の大先輩が仕切るVIPルームに紛れ込み、やや委縮(?)して水割りをちびちび・・・・と言いながら、大先輩の前で2曲も歌ってしまいました。(すんません)

その後、懇親会に出席された○○先生と意気投合し、うろうろしながら、結局同じビルの8階に上がって、生ピアノ演奏で「ビートルズ」や「イルカ」の歌を歌うはめになって・・・・翌日は声がかれてました。
「27期/制御卒です」という後輩が、なぜか私の隣の席に座っていて、「ソフト関係の仕事をしてま~す」とか・・・。「うちの会社に来ないか?今はロボットをコアにした生産ライン設備の仕事をしているが、制御屋がほとんどいないので、外注に依存。その気になったら、ユーザとのレイアウトプランからハードの設計、調達から現場調整まで何でも出来るよ~」と誘ったけども、「夫婦で同じ会社に勤めているので無理です」とあっさり断られた。(某一流大手企業だったので、給与面・福利厚生でも良いんだろうな・・・・)
ならば・・・と高専の「新卒予定でやる気のある後輩」を紹介してもらおうと、先生に頼む事にしたが、「最近の学生は・・・」という先生のトーンダウンした話。でも、よく考えると、今は偉そうにしてるけど、我々も若い頃には「最近の若い奴は・・・」と言われてきたような気がしますよね。

 

2009/09/13

青森温泉三昧

8月28日~29日家族で青森に旅行してきた。(私は約35年ぶり)

今回も、カミさんの綿密な旅行プランにのっとって、孫を含めた5人旅。
カミさんは先日友人と3人の旅で、青森の温泉の良さと、弘前ねぷた村で「ねぷた」の魅力を発見し、今度は「青森ねぶた」の比較が目的。娘の亭主はJA勤務のため、田舎館村の「田んぼアート」とおいしい料理。私は言わずと「温泉めぐり」が目的。 

念願の「酸ヶ湯温泉」の混浴(と言っても、女性は娘が入ってきただけ)で、大好きな硫黄泉を堪能したのを皮切りに、「猿倉温泉」、「板留温泉/丹羽旅館」の風呂に入り、そして宿泊はりんご畑の真ん中の観音様が目印の「南田温泉/ホテルアップルランド」。

アップルランドは、文字通り、りんご一色のホテル。宿泊客用の露天風呂にはりんごがいっぱい浮かんでいた。でも、私は最初に掘ったという源泉風呂、ガスに硫化水素が混じっているようで、風呂場は硫黄泉の香りが立ち込め、お湯も心なしか濃いような気がした。

宿の食事では、従業員の心遣いが気に入って、家族はすっかりフアンになっていた。たっぷり広い部屋を使わせていただいて、前日の雨も上がって夜明けの山並みがくっきり。朝食のバイキングでりんごジュースを堪能し、出発。

りんご畑と田んぼの間を走り、目標は田舎館(いなかだて)村の田んぼアート。ホテルで聞いた情報では、田舎館村役場の前が目的地らしい。ナビに従っ走っていると田んぼの真ん中お城風の建物が見える。それがだんだん大きくなって、目的地がこの建物。村の文化会館の上が展望台になっている。5種類の色の稲穂で絵を描いている、今年は大河ドラマの直江兼続とナポレオン。見事としか言いようが無い。案内看板を見ると、初期のものはシンプルな絵柄から毎年グレードアップして、まさに「田んぼアート」一見の価値はある。広場のテントで地元の方が売っている梨とリンゴを買ったが、まだ時期が早いようで、味は今ひとつだった。

感動を後に、岩木山の裾野の行けども行けどもリンゴ畑の間を走って、口コミ情報で評価のたかい、「嶽温泉/木島旅館」で硫黄泉を堪能。もちろんかけ流しで、熱い湯とやや温度を下げた浴槽が並んでいる。ここの風呂は病みつきなりそうだ。

またたっぷり汗をかいて、岩木神社で手を合わせ、最後は、岩木山の裾野にある「新岡温泉」。ナビを頼りに、たどり着き入り口で入浴料を払い風呂場に向かう。脱衣場入るとなんと男湯・女湯の間に番台がある(無人でしたが・・・)。まさに、地元の人が農作業の後に汗を流すための温泉の風情。いかにも地元という皆さんが石鹸・シャンプーを持参して、入っておられる。風呂場の窓は開け放され、見れば目の前を道路が通っている。ということは、道から風呂場は丸見え(笑)

もうひとつ期待以上は、「ねぶたの里」での大太鼓と「跳人」の体験。孫は帰宅してからビデオを再生し、「らっせらっせ」と言いながら踊ってる。弘前では、太鼓をたたかせてくれて、目一杯打ち鳴らすと、実に気分爽快。ついでに津軽三味線の演奏。2曲ほど聞かせてくれたが、女性で日本一になった方の演奏では、なぜか涙が出てきた。体験で津軽三味線を始めて弾いてみたが、これも癖になりそう。

天気は晴れ。岩木山を眺めながら、最後は空港近くの道の駅に寄って、店の中でまるで置物のような梟に出会い、孫と記念撮影。

今回は都合6箇所の温泉三昧。いやー青森はいいわ! 九州も良いけど、八甲田山周辺と、岩木山周辺に適度な距離で点在する温泉は結構はまりそう。

2009/07/22

ナイター観戦

阪神ファンの甥親子の誘いで、甲子園にナイター観戦。

低迷する阪神に、「前半戦最後のカードで、なんとか勝ち越しを願って」などと、期待すると落胆が大きいので、孫たちと甲子園を楽しもうと参加。

3連休の最終日、ワゴン車で出かけたが、なんと普段の倍(2時間)もかかってようやく近くの駐車場に到着。(オマリーが甲子園に駐車場はオマヘンと言ってますが、隠れたところにちょこっとだけあります)

座席は、ガチガチの阪神フアンが陣取る外野席バックネット横のライト側。ライト平野のすばらしいプレーに、「ヤクルト青木」の敵ながらあっぱれのプロの守備に感動でした。

先発下柳・捕手矢野の熟年バッテリーで試合開始。結局ココゾのチャンスで新井がブレーキ(特に盗塁タッチアウトは無残の代表格)で低迷阪神の象徴的なプレーでした。最終回金本の併殺打で試合終了。ストレスのたまる試合でした。

それでも、甲子園デビューの、孫にとっては 旺盛な食欲と、太鼓・ラッパと応援の掛け声、そしてジェット風船が印象的だったようです。

オッサンには適度な暑さに「生ビール」が何といっても最高な夜でした。
左の写真は地元「サンテレビ」の中継車です。

2009/03/29

城崎温泉

久々に城崎温泉に行ってきました。

理由は、昨年夏 たまたま投稿した俳句コンクールに入選したので、その表彰式に参加にかこつけ、温泉につかるのが目的。

入選の通知が届き本人がびっくり。俳句など中学生以来。夏の日曜日、娘家族が海水浴に行く車に便乗して、城崎温泉の外湯を3か所ほどハシゴして、暇つぶしに投稿した一句。
本人も記憶にない。 「城崎百人一句」の95番目くらいに選ばれたらしい。応募が4691句だったらしい。

  「蝉時雨 とんぼと入る 露天風呂」

よく見たら 季語に夏と秋が混在し、結果怪しげな一句ではあります・・・ (^_^;)

と言いながら、生まれて初めてのことなので、表彰式に参加。「城崎百人一首」と一緒の表彰式で、参加者のほとんどが、最優秀賞・優秀賞・佳作の人たちばかりで、入選者の参加はわずか・・・いい経験でした。

で、表彰式もそこそこに、カミさん・娘の家族と一緒に、温泉につかってきました。(右の写真:城崎温泉鴻の湯にて)

3分咲きの桜を眺めながら、最高気温10℃程の下、相変わらずよく温まる湯でした。

 

2009/02/22

霧島神社

また、鹿児島旅行に行ってきた。今回は、我々夫婦+娘夫婦&孫+姪夫婦。
今回は、姪夫婦(新婚)が初めてなので、お決まりのコースを堪能した。
指宿の「砂蒸し」と「さつま味の料理」、桜島を回って 霧島温泉に1泊。霧島温泉では不覚にも湯あたりを起こし、自慢の食欲が皆無。

翌日は、ホテルの窓から、これぞ霧島と言えるような朝霧を味わった。夜の不覚を挽回すべく、バイキングの朝食を味わって出発。

目的地は霧島神社。好きなのは、噴火で焼けた元の霧島神社の跡地の方。(写真)

天気予報では、この日は曇りだったことが嘘のように、よい天気に恵まれ、高千穂の峯もくっきりとその稜線をみせていた。
ここは、天孫降臨の地といわれる土地柄。ここに来ると、神々の結界の中にいだかれ、身も心も浄化されるようで、すこぶる気持がいい。

そして締めは、やはり温泉。湯量が自慢の「霧島ホテルの大浴場(混浴です)」と、「さくらさくら温泉」で泥パック。硫黄の匂いが数日体にしみこんでいた。

空港では、さつま揚げの試食と、「おやっとさぁ」の看板のある足湯に浸かって・・・♪。
心身ともにリフレッシュができたような気がする。

 

2009/02/11

鴨南蛮そば

今日は、国民の休日「建国記念日」ということだが、我が社は出勤日。世が世なら「非国民」扱いにされるかも・・・
という事で、一日仕事して明日は名古屋に出張する予定。名古屋も、トヨタの不振のみならず、ボーイング787が未だ初飛行出来ない事で、航空機業界も昨年までの景気は嘘のように元気がない。

ところで、昨年暮れに、起こった「タクシー運転手強盗殺人」の犯人が逮捕され、私の散歩コースで発生した事件がようやく解決された。犯人は19歳の派遣社員。人を死にいたらしめるという事に対し、麻痺しているのだろうか?

先週、我が家のカミさんは、知人が参加するイベントのおまけでマルタ共和国に行っていた。私は仕事で近隣の国に日帰り同然での出張経験しかなく、およそ「海外での観光」というものをしたことが無い。今はパスポートもきれている。
還暦になったら、「オーロラ」を見にカナダかアラスカに行ってみたいと思っている。

カミさんが留守の間、急に美味しい「鴨南蛮」を食べたくなって、丹波・篠山まで出かけた。
お供は、娘夫婦と孫。たち切り蕎麦で有名な店に3年ぶりに出かけてきた。
名物の鴨南蛮は、レアの鴨ロースをアツアツのそばの上におかれたもので、はじめて食べた感動が忘れられず、また出かけたもの。
ところが、あの味は何処に・・・鴨のうま味が感じられず、蕎麦のつゆもいま一つ。値段だけは昔のまま。聞けば娘たちも同じ感想だった。

孫が食べた「かけ蕎麦」のつゆはカツオがきいてとてもうまかったのに・・・何処が違っているかわからないが、継続することは大変なようだ。

 

2009/01/12

雪の日・続き(1/12)

3連休も最後、娘家族が、「雪をみたい・雪遊びしたい」と、兵庫県の北部へ行くというので便乗。一昨日の雪も上がり、天気は快晴。1時間半程で一面の銀世界の中。
孫よりも、娘が大はしゃぎ。
(カミさんは風邪がぶり返し、養生で自宅で待機)

出石で蕎麦を食べて満腹し。豊岡の「コウノトリの郷公園」へ。
放鳥された、コウノトリが、大空を群舞している姿に感動した。
飛翔している写真は撮れなかったが、公園のコウノトリは撮影することができた。

仕上げは、城崎温泉で雪見温泉。

孫と、露天風呂で雪遊び。

カミさんには娘が、土産の「地ビール」を買い、ついでの肴で、帰宅後自宅で酒盛り。地ビールはだいたい、美味しいと思うのはないのだが、城崎の地ビールは、
結構うまい。かつては、この地ビールレストランが城崎の外れにあって、温泉帰りに「うまい料理+地ビール」が楽しみだったが、レストランは閉鎖してしまった。(ここのシェフは、神鍋のホテルにいるらしいので一度行きたいと思っている。)

3連休は、酒飲みだった義理の弟の49日の法要もあって、体重が2kg増。 犬の散歩で少しばかりの運動を・・・

 10日:岡山の真賀温泉
 11日:法要(その後、エンドレスの宴会)
 12日:出石そば、城崎温泉

明日からは、また仕事。昨年秋から始めた自転車通勤は、メタボ対策に効果が大きく、できる限り続けるつもり、行き25分、帰り35分の道を汗をかいて通勤している。

2009/01/11

雪の日(1/10)

異常気象が続く昨今。まるで春先の大雪のような気圧配置になっている。東京で雪が降ると、大騒ぎ。NHKも民放も、メディアは東京ローカルの話を、まるで全国扱い。
北海道のオホーツク海側でも猛吹雪。西日本でも各所で大雪があり、
道路も通行止めが発生。

こんな日は、雪見温泉とばかりに、2時間かけて岡山県まで・・・。

いつもは、経費節減(?)のため軽四で出かけるが、この日はツーリングワゴンにスタッドレスタイヤを履いて快適にドライブ。やっぱ軽四より楽だわ。(普通車はいつもカミさんが使ってるのでね)
米子道の約4kmの長いトンネルを抜け、湯原に入ったとたんに、一面銀世界。道産子のDNAか、雪をみると心の中は「おおはしゃぎ」。

木の目は、春の準備に入っていました
(クリックすると大きな画像になります)

お気に入りの、真賀温泉で、筋肉と最近痛み出した膝関節をほぐす。この温泉は、肌に触れると「ぬるっとする」。お湯自身は、さらっとしたお湯だが、体の表面に微細な泡がはりついて、これがぬるっとした感触になる。炭酸ガスが混入しているのかもしれない。30分も入ると、血行は良くなり、かなりぬるめのお湯だがよく温まる。久々に来たからと、長湯しすぎると湯あたりすることもある。

帰り道は、一般道を南下して、勝山(真庭市)で蕎麦を食べるのがお決まりのコース。
最近は、中国道「勝央SA」で、「焼き芋」を買うのがお決まりに増えた。1本250円だが、芯までホクホクでとても美味しい。今回は3本買って、1本は車の中で、1本は孫の土産にしたが、かなり太いイモだったがペロリと平らげた。恐るべし2歳の食欲。思えば、この子の母親(私の娘)も大喰いだった。

 

 

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